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2020.11.27

技来静也『拳闘暗黒伝セスタス』第1巻 熱血格闘漫画と歴史物語の高度な融合!

 来春からTVアニメが放送される古代ローマ格闘漫画『拳闘暗黒伝セスタス』『拳奴死闘伝セスタス』。連載開始以来、実に23年を経てもまだ終わりが見えないという途方もないこの作品について、良い機会ですので少しずつ取り上げていきましょう。まずは全ての始まりである『拳闘暗黒伝』第1巻から……

 紀元54年10月13日、若干17歳でローマ帝国の皇帝の座に就いたネロ。その同じ日に、冷酷な貴族・ヴァレンスの奴隷拳闘士養成所に暮らす少年・セスタスは、拳奴としての最終選考にかけられることになります。
 親友のロッコとの対戦に躊躇いつつも、圧倒的な実力で勝利するセスタス。しかし次の瞬間、ロッコの身を無数の矢が貫き、敗北者は死というあまりに無惨な宿命をセスタスは叩き込まれるのでした。

 百勝した暁には自由を与えるというヴァレンスの言葉のみを頼りに、師・ザファルの指導の下、ローマの闘技場で行われたデビュー戦を快勝で飾ったセスタスですが――しかし彼は、またも対戦相手の無惨な最期に直面することに……


 と、「拳闘暗黒伝」の名も伊達ではない、凄まじくヘビーな始まりの本作。なるほど舞台となるのは人と人が拳で、あるいは剣で文字通り真剣勝負を繰り広げるのが人々の娯楽だった時代――そして奴隷制が市民の「豊かな」社会を支えていた時代となれば、このような血腥い展開も不思議ではありません。

 しかし本作が残酷趣味の暴力劇で終わらないのは、一つには、本作がいわゆるスポ根ものの定石に則った物語構成となっていることによるでしょう。
 そう、体格の点でハンデを持つ主人公が、かつては名選手として知られたものの怪我で第一線を退いたコーチの独創的な特訓によって才能を芽吹かせ、優れたテクニックで並み居る強敵たちに挑む――そんなスポ根ものの定番シチュエーションを、本作はきっちりと踏まえているのであります。

 またこうした作品においては、主人公のライバルは正反対の境遇(すなわち金持ち)の天才児――というのもまた定番ですが、本作においては、帝国徒手格闘兵団衛帝隊のエリート(この巻の時点では主席訓練生)であるルスカがこれに該当します。
 父は衛帝隊の隊長であり、アッティカの金獅子と異名を取る剛勇の武人・デミトリアス(そしてかつてザファルと死闘を繰り広げ、彼を現役引退に追い込んだ男)。まさにサラブレットというべき生まれに、打極投全てを使いこなす総合格闘術パンクラティオンの使い手――と、ルスカはあらゆる点でセスタスと正反対の少年なのであります。

 そしてそんな彼らが作中で繰り広げる拳闘・格闘描写が実にリアルで、時にケレンが効いているのがいい。ルスカの漫画映えする派手な技はもちろんのこと、セスタスのスピードを活かした拳技、そしてそれを支えるザファルのロジックが、格闘ものとしての本作をしっかりと支えているのであります。
 また、この時代の拳闘が、基本的に頑強な体に支えられた正面からの殴り合いに近いものであったのに、セスタスのそれがフットワークを存分に使った近代ボクシングに極めて近いものなのも面白い。それがセスタスの戦いに、同じ拳闘でありながら異種格闘技戦に近い味わいを生み出しているのです。


 しかし――本作を面白い格闘技漫画に留まらず、稀有の存在としているのは、本作の物語が当時の歴史と、当時の実在の人物と密接に結びついているからにほかなりません。

 本作において、セスタスとルスカに並ぶ三人目の主人公ともいえる存在――それがかの皇帝ネロであります。
 後世には「暴君」の代名詞とも言うべき人物として知られるネロ。しかし本作の開始時点におけるネロは、まだ戴冠したばかりであり、女傑とも女怪ともいうべき母・アグリッピーナの言いなりとなっている気弱な少年として描かれます。

 妃も含めて周囲に心を許せる存在がいない彼が、同年代であり、闘技場で徒手で懸命に、あるいは華麗に戦うセスタスとルスカに心を惹かれ、身近に招く。
 それがきっかけで、セスタスとルスカは思わぬ形で最初の戦いを繰り広げることになるのですが――その二人の戦いと並行して、ネロの孤独な等身大の少年としての魂の叫びが描かれるくだりこそが、この第1巻のクライマックスとなのであります。


 優れた格闘漫画であるだけでなく、それを通じて古代ローマという時代を、ネロという人物を描く――格闘漫画と歴史漫画の高度な融合が(特に第1シリーズである『拳闘暗黒伝』の)最大の魅力である『セスタス』。
 今後も少しずつ、本作について取り上げていきたいと思います。


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