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2020.11.13

松浦だるま『太陽と月の鋼』第1巻 謎だらけの孤独な男女の向かう先は

 『累』の松浦だるまの新作は、奇妙な能力を持つうだつのあがらない武士と、彼を慕う謎の美女の物語――という言葉では到底くくれない、全く先の読めない作品であります。

 ボロ屋同然の家に住みその日の米にも事欠く有様で、月代も髭もロクに剃っていないという、見るからにうだつのあがらない武士・竜土鋼之助。四年前までは大番勤めながら、今は小普請組に彼が落とされたのは、刀を持てないため――それも心理的なものでなく、物理的な理由によるものであります。

 そう、彼は、刀に限らず、近づいた金属が全てその身を避けるように折れ曲がってしまうという、奇怪な体質(?)の持ち主。そのために、真剣を持てない彼は竹光を帯び、月代も髭もロクに剃らずに暮らしているのであります。
 刀を持てないのであれば武士とはいえない。もはや武士らしく生きられないのであれば武士らしく死にたい――と、侍に喧嘩を吹っかけて斬り殺されようとしてもやはり果たせぬ有様の鋼之助ですが、そんな彼の元に、突然縁談が舞い込んでくるのでした。

 高額の支度金とともに竜土家に嫁入りしてきた、異様なまでに美しい花嫁・月。鋼之助が刀を持てないことを知りながらも、わざわざ彼を選んでやって来たという月に、困惑を隠せない鋼之助ですが……


 という謎めいた、というより謎満載の形で始まる本作。鋼之助の体質だけであればまだ理解できるのですが(いや、それはこちらが普段妙なものばかり読んでいるためですが……)、そこに月という謎めいた美女が絡むことによって、物語の先行きは、一層不透明なものとなっているといえます。

 そもそも、謎めいているといっても、人間的な喜怒哀楽はしっかりと――尾羽打ち枯らして生きる気力をなくしたかのような鋼之助よりも――持っている月。その出自と目的が不明なだけで、普通に良いお嫁さんという印象すらあるのですが――物語の随所で描かれるのは、彼女が未来を、この先に起きることを知っているかのように振る舞う姿であります。
 そしてその彼女を追って、奇怪な力の持ち主が――となって、ある意味安心できる(?)展開となるのですが……


 このように謎だらけで、物語の向かう先もわからない――身も蓋もないことをいってしまえば、何を描く物語なのかもわからない状態というのは、普通であればちょっと読む気をなくしかねないものですが、しかしそれは、そこに謎しかない場合の話でしょう。

 本作の場合、あるのは謎だけでなく、己の奇怪な体質に――いや、それが招いた(と自分が信じ込んでいる)過去の傷に囚われ、苦しむ一人の男と、その男を一心に案じる一人の女が共に生きようとする姿。
 それぞれ理由は違えど、ひどく孤独さを感じさせるこの二人が、寄り添い、心を通わせる姿が、さらりと、しかし巧みに――そしてその中にも随所に謎が散りばめられているのですが――描かれている本作には、その奇妙さを抜きにしても、どこか心惹かれるものがあります。


 おそらくは物語はこの第1巻の時点ではまだ序章なのでしょう。この先、何が飛び出してくるのかまだなだわかりませんが――そこで描かれる、どこに向かうかわからない二人の男女の姿を、もう少し見つめたいと思います。


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