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2020.11.10

『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』(その二) 理不尽な結末の先の希望と人間肯定

 大ヒット上映中の『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』の紹介(というか語り)の後編であります。原作から変わるはずもない煉獄vs猗窩座戦の結末。しかし……

 しかしこの劇場版、観ているうちに「もしかして煉獄さん勝てるんじゃないか?」と思えてしまったのであります。
 以前、ネット上で「今度は煉獄さん勝てるんじゃないかと思った」という感想を拝見していたのですが、さすがにそれは大袈裟では――と思ったのですが、豈図らんや、自分までも同じような感想を抱いてしまうとは。

 これはもちろん、あのTVシリーズ第19話に勝るとも劣らない異常にエモーショナルなまでの演出による点も大きいのですが――しかしそれ以上に、意外に細部を描いていなかった原作の戦い(冷静に読み返してみるといきなり煉獄さんがボロボロになっていたり、いきなり串刺しになっていたり)の、その隙間を丹念に埋めていたことで、より煉獄の奮闘ぶりが伝わったということがあるのでしょう。

 前回述べた通り、原作の描写を補うというのは、本作が随所で行っていることではありますが、この点については本当によくやってくれました、と言うほかありません。


 しかし――冷静に振り返ってみれば、本作は一本の作品としてみれば、実に奇妙な構成であるといえます。
 物語の本筋として描かれていた厭夢との戦いが決着したと思えば、ほとんど理不尽な形で登場した猗窩座によって煉獄が倒され、炭治郎たちが涙に暮れて終わる――本作がいわゆるバトルものであることを思えば、この展開は歪とすら言ってよいようにすら感じます。
(それこそ、前置きも何もなく、いきなりTVシリーズの続きから始まる点など些細なことと感じられるくらいに)

 確かに、ヒーローもので主人公たちがラストで大敗して終わり(続く)という作品は、『帝国の逆襲』や『インフィニティ・ウォー』などあります。しかしあちらがある意味当初から予定されていた大敵との戦いの末であったのに対し、こちらは本当にいきなり登場した(善逸の「なんで来んだよ上弦なんか…」という台詞が、これ以上なく共感できる)敵を相手にして、であります。

 もちろんこれは大きな物語の一部分、この先の展開への因縁づくりともいうべき流れなのですが――しかし本作のように、この部分だけ切り出されてみれば、やはり異様さは否めません。私は原作で何度も何度も読み返していたので覚悟はしていましたが、全くの初見の方は、唖然としたのではないでしょうか。


 しかし、さらに冷静になってみれば、この奇妙な構成こそが、今の自分、いや自分たちにはより深く刺さるものとして感じられます。
 これまで決して平坦ではない道のりを、努力と忍耐を重ねながら、それでも何とかここまでやってきた。それなのに、突然の理不尽すぎる状況に叩きのめされ、多くのものを失った――そんな残酷な世界の在り方に打ちのめされる炭治郎の姿に、いま現在の自分たちの姿を重ねることは難しくありません。

 その一方で、上で述べたことと矛盾しているようではありますが、本作は決して敗北だけで終わる物語ではありません。
 先に立つ者が、己の責務を全うし尽くし、その上で自分に続く者たちを信じ、後を託す――ラストで煉獄が見せる姿は、人間の弱さを笑う猗窩座に対して彼自身が毅然と反論した人間の強さと重なるものであり、そしてまた、本作の冒頭と結末でお館様が語る鬼殺隊の戦いの在り方に繋がるものであります。

 そしてそこには、人間という存在、人間の営みに対する大きな希望と肯定感が――いま現在自分たちがまさに求めているものが、存在しているのであります。
(そしてこの肯定感は、ここで涙ながらに煉獄の戦いを肯定する炭治郎の言葉によりはっきりと描かれているといえるでしょう)


 本作がなぜヒットしたかという分析は、これまで数多く為されて来ましたし、おそらくはそれは(それぞれの意味で)正しいのだと思います。
 それゆえ、そこに並ぼうなどという気持ちは毛頭ないのですが――しかし、物語そのものの面白さや映像作品としての完成度のみならず、今で述べたような点もまた、本作のヒットに繋がっているのではないか――そしてもしそうであれば、希望を語り、人間を肯定する物語が受け入れられたということは、それはそれで嬉しいことではないかと、感じた次第です。


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