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2020.12.22

小川英子『王の祭り』 「王」と「王」、「王」と「民」が交錯する場で

 16世紀後半、洋の東西に存在した偉大な「王」を中心に、やはり洋の東西の少年少女の運命が時空を超えて交錯する、極めてユニークかつ稀有壮大な物語であります。森で妖精と出会ったことをきっかけに、エリザベス女王暗殺計画に巻き込まれた少年ウィル。冒険の末、彼は天正の日本を訪れることに……

 1575年、レスター伯爵のケニルワース城へのエリザベス女王の訪問に沸くエイヴォンの町。しかし歓迎式典を観に行くことを許されなかった革手袋職人の子・ウィルは、祖母から教わった儀式によって、森でいたずら者の妖精・パックを呼び出します。
 パックの力によって、女王の手袋を作る依頼を受けたウィルの父に付き添い、城を訪れたウィル。そこで思わぬ成り行きから劇団で代役を務めることになったウィルは、なんとローマからの刺客による女王暗殺計画に巻き込まれてしまうのでした。

 パックたちの力を借りて、窮地の女王のもとに駆けつけたウィル。魔法の馬車に乗り込んでその場を逃れたウィルと女王、そして暗殺者の仲間で劇団に潜り込んでいた青年・ハムネットは、暴走した馬車に乗ったまま時空を超えることに……


 そんな本作の前半部分で描かれるのは、ちょっとぼんやり者の少年・ウィルの、初めはささやかな、しかしやがてとんでもない大ごとになっていく冒険であります。
 少年の平凡で味気ない日常が、超自然的な存在と出会ったことにより変わっていく――というのはファンタジーのある意味定番ですが、本作はそこに16世紀後半の英国という、我々にはあまり馴染みのない時代と場所の描写を丹念に加えることにより、新鮮で、しかし親しみやすい物語を描くことに成功しています。

 そしてそれを彩るのは、エリザベス女王やその恋人として知られたレスター伯爵といった実在の人物、そしてパックやフォールスタッフ、ハムネットといった、どこかで聞いたことのあるような名前のキャラクターたちなのですが――物語はそこから、全く思わぬ方向に飛翔することになります。
 何しろ魔法の馬車がウィルたちを導いた先はこの日本の京――それも織田信長の安土城だったのですから!

 そこで信長と出会ったエリザベス女王は、東西の「王」として意気投合、信長はエリザベスを祖国に送り届けることを約束することになります。しかしウィルたちがたどり着いたのは、7年後の1682年――この年に何が起きたかは、言うまでもないでしょう。
 ようやく得た一時の安息を奪われ、四条河原の芸人一座に匿われたウィルたち。そこで彼は、舞好きな少女・お国と出会い、心を通わせるのですが……


 まさしく時空を超えて展開される本作は、同時代に存在した(しかし滅多にそのことを認識されない)二人の「王」の姿を対比すると同時に、その「王」と「民」の姿を対比する物語でもあります。
 「王」であることの責任や重圧、苦しみ――絶大な権力を持ちながらも、それに縛られ、行きたい場所に行けず、なりたい者にもなれない。本作においては、そんな「王」の姿が、特にレスター伯爵への愛と自分の立場の間で揺れるエリザベスの姿を通じて、描かれることになります(その一方で、やはり同様に板挟みになった末に思わぬ行動を取る伯爵の描写も素晴らしい)。

 しかし、「王」には「王」の苦しみがあったとしても、より切実な苦しみを抱えるのは「民」の側であることは間違いありません。特に戦国まっただ中の日本では、「民」は己の命を守るだけでも大変な困難があったのですから。
 その一方で、人はただ命があれば生きている、というわけでもありません。ウィルもお国も、自分が自分らしく生きるために何ができるかを悩める存在なのであります。そんな二人が本作で描かれる冒険の中で、れぞれの歩むべき道を見出していくというのもまた定番ではありますが、しかし二人の「その後」を考えれば、大いに胸が熱くなります。

 そして、時空を隔てた「王」と「王」、「王」と「民」――そんな全く異なる世界の住人(パックや日本で登場する狐たちも含めて)が、一つの場で平等な存在として交錯するのが「祭り」であるとすれば、本作のクライマックスがその「祭り」を舞台とするのは、ある意味当然なのでしょう。
 そしてその「祭り」は、混沌として、そしていささか唐突にも感じられる結末に繋がっていくのですが――しかしそんな物語のダイナミズムは、時空を超えて普遍的な人間の姿を描く物語にふさわしいとも感じられます。

 なお、本作は8年前に刊行された『けむり馬に乗って』をベースとした作品。近日中にこちらも読んでみたいと思います。


『王の祭り』(小川英子 ゴブリン書房) Amazon

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