瀬川貴次『ばけもの好む中将 十 因果はめぐる』 平安○○っ娘の誕生と宗孝の危機!?
怪異をこよなく愛する左近衛中将・宣能と、彼に引っ張り回される中流貴族・宗孝の冒険(?)も、巻を重ねてついに二桁に突入。前巻からわずか半年で登場となった本作では、いつも通り怪異を求める二人の姿が描かれる――と思いきや、物語は思わぬ因果因縁の存在を描き出すことになります。
今日も今日とて怪異を求めて京の闇を彷徨う二人(というか宣能に引っ張られる宗孝)。今日は宗孝の友人である宰相の中将・雅平の恋人の家で夜な夜な起きる怪異の調べに出かけることになります。
これは付喪神の仕業と断言する宣能ですが、結果はまあお察し――と、その帰りに宣能の実家・右大臣邸に寄り、今日の首尾を語るために宣能の妹・初草に会いに行った宗孝がそこで見たものは!?
というちょっぴり波乱含みに始まる本作。そこでまずクローズアップされるのは、この初草の存在です。
文字に書き手の感情を読み取ってしまう「共感覚」の持ち主であるがために、読み書きができない初草。宣能はそんな妹を溺愛し、そして宗孝もまた、彼女に対して妹のように接してきたのですが――ここに来て、彼女が普通に読み書きできる可能性が出てきたのであります。
その契機となったのは、何と宗孝の五の姉。夫婦揃っての発明狂である彼女は、水晶のような光を通す石を初草の目の前に置くことにより、「共感覚」を一種中和する可能性に気付いたのです。
目の前に置いた透き通った何かを通じてものを見る――これはつまり、平安の(すなわちたぶん日本初の)○○っ娘爆誕かっ!? と思ってみれば、まあ、本作らしくとんでもないことになるのですが……
しかしその展開が、思わぬところで思わぬ波紋を生み、さらに状況をややこしく、そして面白くしてしまうのも、これはやはり本シリーズならではの楽しさであることは言うまでもないのであります。
が――本作ではもう一人、意外な人物の存在が、台風の目となります。それは多情丸――平安京の暗黒街を牛耳り、そして宣能の父・右大臣の下で、後ろ暗い仕事を一手に引き受けている男であります。
基本的に善人が多い本シリーズにあって、数少ない、というよりほとんど唯一の悪人である多情丸。そして実は彼こそは幼い頃に宣能を襲い、彼を庇った乳母の命を奪った憎むべき仇であり――その過去の傷を抱える宣能の復讐のターゲットでもあります。
ところがその多情丸の過去の悪行の証拠を、思わぬ成り行きで手にしてしまったのが何と宗孝。まったく、巻き込まれ体質もここに極まれり、と言いたくなりますが――右大臣と多情丸との関係、そして多情丸が仇であることをとっくに宣能が承知であることを知らない宗孝は、一人で秘密を抱えこんで大いに悩み、そして危機に瀕することになります。
最も頼りになる宣能が頼れない状況で、宗孝に他に頼れる相手が――一人いるわけですが、しかしそこからさらに物語は意外な方向に向かうことになります。
そしてそこで描かれるものは、まさしくめぐる因果、結びつく因縁。前巻の段階でほのめかされていたように記憶しておりますが、しかしまさかこんなところで宣能と宗孝が結びつくことになるとは――と、ただただ驚くばかりなのであります。
そして波乱含みの展開の背後で進んでいくのは、最近闇落ちしかかっているようにも見える宣能の企み。その詳細はまだまだ謎ではあるものの、その目指すところは、我々読者にとっても望ましいものと思われますが――しかし果たしてそれだけで済むのかどうか?
何やらひどく危うげに感じられる宣能が、この先どこに向かおうとしているのか。おそらく、いや間違いなく、彼を救えるのは宗孝しかいないはずなのですが……
物語の流れ的にクライマックスは近いと感じられるのですが――誰もが(多情丸以外)笑顔で迎える大団円を心から期待している次第です。
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