和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第5巻 雅桐倫倶驚愕の正体! そして物語を貫く「理」の存在
劍客兵器の実検戦闘を阻むべく、小樽と札幌にチームを分けた剣心たち。しかし剣心たちが向かった小樽では、「雅桐刀」なる刀が大量に流入し、老若男女全てが刀を持つという異常な状況となっていたのでした。この事態の裏で糸を引く謎の人物・雅桐の驚きの正体とは、そして劍客兵器との関わりは……
捕縛された劍客兵器の一人・凍座白也から、次の実検戦闘が小樽と札幌で行われることを知った剣心。札幌は斎藤と永倉に任せ、剣心・左之助・明日郎・阿爛・旭は小樽に向かうのですが――そこで彼らが見たのは、ニシン漁で沸く陰で雅桐刀なる刀が大量に流入し、治安が崩壊寸前となった町の姿でした。
劍客兵器との関係は不明ながら、この事態を放ってはおけないと、雅桐刀の背後を探る剣心と左之助。ところがニシン漁で一稼ぎをもくろんでいた三馬鹿は、思わぬところで雅桐と繋がりを作ってきたのです。
謎の男・雅桐倫倶、その正体とは……
いやいやいや、わかるわけがないでしょう、このヒントで! というか、フルネームを見てもさすがに本当だと思わないでしょう! と思わず言いたくなるほどの展開に、連載時思わずひっくり返ったこの雅桐の正体。
いや確かに歌が話題になったけれども――と今でも複雑な気分になるのですが、しかしそれの衝撃から冷めて冷静に読めば、このキャラクターの描写には唸らされるのです。。
前作で登場した際には、典型的な金持ち系悪役といった立ち位置――つまりは自分自身の力は持たず、金で人を操ってやりたい放題というタイプであった「彼」。それは本作においても変わらないように見えるのですが――しかし、本作で描かれるのは、そんな彼の行動を裏打ちする理屈・理論であります。
武力、暴力といった力を持たない人間が、自分自身の意を世間に向けて通す――すなわち自分自身として生きるためにどうすればよいか。その答え(と少なくとも彼が信じるもの)は金なのであり――まさしく金こそは彼の武器なのです。
だとすれば、弱者に属する者がそれを求めて何が悪いのか――と、剣心チームの中で彼に最も近い立ち位置であり、そして他のキャラクターにはない大きなコンプレックスを抱えた阿爛に語る彼。
この対比がまた巧いと感心させられるのですが――このように、思わぬ形で再登場したキャラクターが、ネタ的な消費で終わらず、新たに掘り下げられるのには舌を巻きます。
そしてさらにいえば、作者の作品を貫いてきたある種のロジック重視の姿勢――正義感や怨念といった「情」の存在を描きつつも、それと同じくらいキャラクターを動かす「理」の存在を重んじ、ストーリー展開と密接に絡める作者の作劇スタイルを、ここで再確認させられた気分です。
さて、ロジックといえば、それはこの巻のメインともいえる激闘――雅桐たちを抹殺に現れた小樽担当の劍客兵器の一人・斧號 於野冨鷹と喧嘩屋・左之助との激突を通じても描かれることとなります。
雅桐を逃し、剣心たちを行かせるために残った左之助に対し、その二重の極みの威力を知りながらも、正面から戦いを挑む冨鷹。その二つ名に相応しく、「破断戦斧」なる戦型を操る彼の猛撃の前に、さしもの左之助も大苦戦を強いられることになります。
しかし、ここで左之助の実力を認め、劍客兵器へとスカウトする冨鷹。そして彼は戦いの中で語ります。残忍で非情な世界においてこの国を守るためには、劍客兵器の力が必要であると。そして言うまでもなく、この言葉は、来るべき対世界戦争における護国の切り札を自称する、劍客兵器の思想と表裏一体のものであります。
数百年に渡りこの思想を背負い、自らの技を磨いてきた劍客兵器。彼らを真に倒すことができるとすれば、それは単に力で圧倒するだけでなく、このロジックを乗り越える必要があるでしょう。しかし左之助といえば、ほとんど肉体言語一辺倒の男。その彼が、冨鷹の言葉に如何に応えたか――?
詳細は書きませんが、ここにいるのはかつての彼ではなく、海外放浪を経て様々な経験を積んだ男であり、そしてその彼が語る言葉は、冨鷹の、つまり劍客兵器のロジックを、軽々と上回ってみせるのであります。
そしてそれは同時に、あくまでも喧嘩屋、つまり喧嘩をする人間である左之助と、自らを兵器と自称する者の差でもあるのでしょう。
キャラの設定を踏まえ、掘り下げつつ、物語を動かしてみせるこの辺りの描写は、まさにベテランの技と惚れ惚れするばかりなのですが――この先も、力と力だけでなく、このような次元での対決が描かれるのであれば、本作は途方もない傑作になるのではないかと、ほとんど確信に近い形で感じている次第です。
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