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2020.12.16

田中啓文『竹林の七探偵』 賢人たちが見た謎と夢

 中国の魏から晋に至る頃、世俗を離れ、竹林で酒と音楽を楽しみながら清談を行ったという竹林の七賢。その七賢が、清談ではなく「疑案」――つまり謎解きを行っていた、というユニークな設定で描かれる連作ミステリであります。しかしそこには本当の名探偵が……

 中国は「疑」の国、皇帝を傀儡とした司馬氏が絶対的な権力で国を支配し、正論が疎まれ、密告により人が失脚し、殺される時代――そんな世の有様に嫌気が差した生まれも育ちも職業も異なる七人の男がいました。
 詩人で文章家の阮嗣宗、思想家で音楽家のケイ叔夜、疑国の人事担当の役人である山巨源、大酒飲みの市井人・劉伯倫、高官で吝嗇な資産家の王濬沖、大学者の向子期、嗣宗の甥で雅楽を統括する阮仲容――彼らは事ある毎にケイ叔夜の家の近くの竹林に集まり、酒を飲んでは外の世界では話せない本音を語る、気のおけない仲間たちであります。

 そんな竹林での清談の最中、ケイ叔夜が語りだしたのは、友人の葬儀の時に経験した奇妙な出来事。神仙の道に傾倒した挙げ句に家のことも顧みず、多額の借金をこしらえた挙げ句に頓死したというその友人のなきがらが、棺の中から靴だけを残して消え失せたのであります。
 あたかも尸解仙となって消えたかのようなこの出来事に、合理的な解釈をすべく頭を悩ませる賢人たちですが、誰も答えを出せず仕舞い。そこで思わぬ答えを語ったのは、竹の中に潜む謎の女性・華虞姫で……

 そんな第一話「尸解仙」に始まる本作は、七賢の一人が持ち出した奇妙な疑案に一堂が頭を悩ました末に、華虞姫が鮮やかに謎を解くというのが基本的なスタイルであります。

 劉伯倫が旅先で意気投合した商人たちと高楼で酒を飲んでいた最中、男の一人が死体となって発見される「酒徳頌」
 七賢とは対極の、俗物で驕慢な男・鐘子季の過去に起きたという、竹夫人(抱き枕)にまつわる酸鼻な奇譚が語られる「竹夫人」
 かつて人々を次々と食い殺した白虎を退治したという、阮嗣宗の祖父にまつわる逸話の真実が明かされる「竹に虎」
 採用試験に訪れた二人の若者に山巨源が下した判断が意外な結末を迎えた理由と、晩年一人旅立って姿を消した老子の行方を解き明かされる「老子はどこへ行った?」
 宮中にしかないはずが市中に出回っている月琴の謎解きと、華虞姫の正体が語られる「最後の清談」

 ほぼ純然なホラーである「竹夫人」を除けば、いずれもトラ――あ、いやトリッキーな謎や人間の心理の綾を描いた、本格ミステリがここでは描かれているのです。


 そんな本作の基本スタイルに、あの有名な作品を連想する方は少なくないでしょう。それはアイザック・アシモフの『黒後家蜘蛛の会』――ニューヨークのレストランに集った様々な職業の六人の男たちが、ゲストが持ち込んだ様々な謎に頭を悩ました末に、話を聞いていた給仕が解決してみせるというスタイルの連作ミステリシリーズであります。
 これはもう作者自身が明言していることですが、本作はあの名作のオマージュであります。ある意味直球ではありますが、しかし元作品の要素を竹林の七賢の伝説を踏まえてアレンジし、登場するガジェットも、七人の事績や中国の伝説等を踏まえているのは、これは作者の巧みさというほかありません。
(ちなみに作者の黒後家蜘蛛オマージュには、『シャーロック・ホームズたちの新冒険』収録の『2001年問題』があり、必見です)

 もちろん、中には脱力もののオチ(しかし実に作者らしい――といえばわかる方にはどういう方向性かわかるでしょう)の作品もありますが、例えば「酒徳頌」は、劉伯倫が痛快なまでに飲んで飲んで飲みまくる姿を描いた末に、高楼を舞台とした一種の密室殺人に彼が巻き込まれるユニークな一編。
 前後不覚に酔っ払った伯倫のある意味信頼できない語り手ぶりから、一種の豪腕トリックに繋がっていくのもさることながら、それが荘子が語る酒の効用に結び付けて展開していく様など実に気持ちよく、個人的には集中一番の作品と感じます。


(ここから先は結末に触れますのでお気をつけ下さい)
 さて、その一方で、本作で一際異彩を放つ華虞姫の正体自身は、ちょっと直球過ぎるきらいがあるのですが――しかしおとぎ話の国の住人の彼女が去った後、魔法が解けたかのように史実の世界に戻っていく七人の姿は、何とも言えぬ切ない後味を残します。
 そもそも竹林の七賢は一種の伝説――実際には七人は集まっていない、竹林もその地域にないなどともいわれますが、してみると「疑」の国に集まった七賢の物語自体が、一種の夢を描いたものだったのかもしれません。索漠たる現実の中で、酒を飲んだ末にみる、一時の謎めいて楽しい夢を……

『竹林の七探偵』(田中啓文 光文社) Amazon

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