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2021.01.03

芦藻彬『バベルの設計士』下巻 人が天に挑むことの意味

 バビロンのハンムラビ王が目論む偉大なる塔の建築を、王に仕える設計士・ガガの視点から描く歴史漫画――その怒涛の完結編であります。王の厳命により、苦闘の果てに天才設計士・ニムロデを連れ帰った青年・ガガ。しかし彼の本当の戦いは、ここから始まることになるのです。

 紀元前1754年、メソポタミアの王として世界を己の意のもとに統一するため、「輝く太陽に届く塔」の建造を目指すハンムラビ王。その王に仕える設計士の青年・ガガは、ノアの末裔と言われる天才設計士・ニムロデをバビロンに連れてくるよう厳命されることになります。
 設計のこと以外、他人との意思疎通もままならないようなニムロデに手を焼きながら、何とか彼を連れて戻ってきたガガ。しかし辿り着いたバビロンは、隣国キシュの激しい攻撃に晒されている真っ最中だったのであります。巨大戦車という新兵器を擁するキシュの攻撃の中、果たしてガガはニムロデを連れ、王に復命できるのか……

 という展開を受けて始まるこの下巻。塔の建造はおろか、バビロンの存続すら危ういこの状況で、ガガの運命や如何に――と思いきや、ようやく帰国したガガは、ニムロデが描いた戦車の設計図からその攻略法を見出せ、という無茶な命令を王から受けることになります。
 戦車に殺されるか、王に殺されるか――答えを見出さなければどちらにせよ死ぬしかない状況で、見事一つの答えを見出したガガ。設計士として戦に貢献することによって、戦で戦えないというコンプレックスをようやく克服したかに見えた彼ですが――しかしさらに過酷な運命が待ち受けていたのです。

 この功績がガガではなく、ニムロデによるものであることを見抜いていたハムラビ王。彼は、塔の建設を担当する宮廷設計士にはニムロデを任命、ガガはその翻訳担当を命じたのであります。
 自分自身の力が認められなかった悔しさ――そしてそれ以上に、自分が及びもつかない天賦の才を持ち、一切のしがらみなく自図面を描くことに没頭するニムロデに、羨望と敗北感の入り混じった絶望的な想いを抱くガガ。そして王妃や神官長、さらにキシュ王もそれぞれの思惑を抱く中、ついに塔の建設は始まり……


 旧約聖書などに登場する伝説のバベルの塔。人間の傲慢と愚行の象徴として後世に伝わるその塔が、ついにその姿を現すこととなるこの下巻。建造開始までにかなりの紙幅が費やされていたために、果たして建造の様をどのように描くのか――と思っていたのですが、なるほどこう来たか、と納得であります。
 そしてその傲慢と愚行の中心に身を置くこととなったガガを待つものは――このような表現はいかがなものかと思いますが、これまでの苦難の総決算のような無情極まりないもの。ここまで心身をすり減らした末に、彼を待っていたものがこれとは――と嘆息したところに、物語は、さらに意外な結末を描くことになります。

 冷静に考えれば、クライマックスは、古代スペクタクルものにおいてはある意味定番の展開であるかもしれません。
 しかし本作の本作たる所以は、そこに働くものが、伝説のように神の意志などではなく――そのように見ることも可能かも知れませんが――あくまでも厳然たる大自然の力と、人間の行為の帰結に過ぎないことでしょう。(そこに関わるのが、ノアの末裔と呼ばれるニムロデという皮肉さよ)

 そしてその先にある結末――それは、もしかすると甘すぎるように感じられるかもしれません。
 しかしこのクライマックスの先にあるものとして、ついに「戦い」や権力の道具以外の道を見つけた彼の姿を描くものとして、そして何よりも、古代から時や場所、形を変えながらも今に至るまで受け継がれてきた人間たちの営為を描くものとして――この結末は、まことに相応しいものとして私には感じられます。

 そしてそれは、天に挑むことが、決して傲慢と愚行という言葉だけで片付けられるものはなく、同時に人の叡智と夢に支えられたものであることを教えてくれるのではないでしょうか。
 そしてその先に、我々がいるのだということもまた……


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