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2021.01.20

さとみ桜『帝都モノノ怪ガタリ』 人間とモノノ怪の友情と闘争の間で

 『明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業』のさとみ桜が、今度は大正時代を舞台に描く、なかなかユニークな妖怪ものであります。故あって人間嫌いの学生・幸四郎と、モノノ怪を憎む軍人・忍――水と油の二人が、帝都で起こる怪奇事件に挑む、その先に待つものは?

 信じていた学友に全財産を持ち去られ、無一文となった(元)医学生・幸四郎。住む場所も失って当て所なく街を彷徨っていた彼は、少女の首が夜の空を飛んでいるのを目撃することになります。
 それを追いかけてきたのは、モノノ怪退治を任務とする「大和文化収集課」所属の軍人・忍と、彼をフォローする毒舌メイドの凜。幸四郎が実はモノノ怪を見る力を持ち、モノノ怪を怖れないと知った忍は、半ば強引に自分の任務を手伝うように命じるのでした。

 そんな忍に反感を感じながらも、他にすることもなく、やむなく彼を手伝うことになった幸四郎。しかし、忍と凜と三人で、次々と事件を解決していく幸四郎は、忍があるモノノ怪を探していることを知ることになります。
 それはかつて忍の先祖が封印し、そして祖父がそれを解いて逃がしてしまった妖狐。実は赤子の時から狐と縁を持っていた幸四郎は、やがて思わぬ真相を知ることに……


 妖怪変化が過去のものとされた明治大正を舞台に、それでも生き残ってきた妖怪たちと人間の関わり合いを描く物語は、枚挙に暇がありません。
 妖怪と人間の間に生じるものが友情であれ、あるいは闘争であれ、その種族を超えた関係性は、古今東西を問わず人の関心を惹くものであり――そして近世と現代の合間の時代は、そんな両者を描くのに相応しいものなのでしょう。

 しかしそんな中でも本作がユニークな点は、主人公の幸四郎の立ち位置にあるといえます。
 赤子の頃に、狐たちから養父に託され、排他的な周囲の人間たちよりもモノノ怪たちに親しむ――そんな少年時代を過ごしてきた幸四郎。そんな過去を持ちながらも、思わぬ運命の悪戯で忍のモノノ怪退治を手伝う羽目となった――つまりは、友情と闘争の狭間に立たされることとなった彼の葛藤が、本作ではほぼ全編を通じて描かれるのです。

 その一方で、幸四郎とは対になる存在として、一歩間違えれば敵役になりかねない――事実、初登場の場面ではかなり憎々しい――忍ですが、しかし彼も、単純に威丈高で頭が固い軍人ではないことが、やがて示されることになります。

 代々術師の家系に生まれながらも、モノノ怪がほとんど姿を消した時代にあっては腕を振るう場もなく、その状況を変えんとして力を求めた祖父が妖狐を解き放ってしまい、父の代から閑職に回されてしまった忍。
 先祖が打った妖狐を斬るための刀を帯び、因縁の相手を追う――一種のヒーロー的な運命を背負った彼もまた、しかしそんなある意味単純な色分けには収まらない葛藤を持つことを、やがて幸四郎は知るのです。

 こうして色々と複雑な幸四郎と忍(さらに凜)が挑む事件が普通の経過を辿るはずもなく――特に二章や三章は比較的ストレートなゴーストハンターものではあるのですが――このコンビのひねった設定により、なかなかにユニークな物語として成立してると感じます。

 そしてそんな二人の物語は、ラストの四章において意外な形で交わることになるのですが――その先に待つものが一つの大団円であることは、言うまでもないのであります。


 人間とモノノ怪、そして人間と人間の間の関係性を、時にシビアに、しかし多くの場合温かく描いてみせる本作。終盤で明かされる(?)忍のある因縁など、小技の利かせ方も楽しく、是非続編を期待したい作品であります。


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