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2021.01.31

講談名作文庫『幡随院長兵衛』 町奴vs旗本奴の背景にあったもの

 最近ではあまりメインの題材になることはありませんが、つい最近になって池波正太郎の『侠客』が漫画化されるなど、やはり江戸時代からの積み重ねは伊達ではないものを感じさせる幡随院長兵衛。その原型的な物語を読んでみたくなり、手に取ったのが今回取り上げる講談名作文庫の一冊であります。

 肥前寺沢浪人の父を早くに失い、やがて桜井庄右衛門の中間となった塚本伊太郎。庄右衛門の子・庄之助について石川軍刀斎の道場に行く内にその才を認められ、免許皆伝を得た伊太郎ですが――ある時、庄之助を庇って隣家の槍術師範・彦坂伝八と果たし合いになり、これを討つことになります。
 裁きの結果、幡随意院の上人に預けられた伊太郎は、そこで長兵衛と名を改め、門前の人入れ稼業・伊勢屋清兵衛に気に入られ、跡取りとして迎えられるのでした。

 人入れ稼業の元締となったからには江戸随一を目指すという長兵衛。そんなを煙たく思って絡んできた放駒四郎兵衛と唐犬権兵衛を心服させて子分にするなど、長兵衛は町奴としてめきめきと頭角を現していくことになります。
 悪町奴で同じ名の法華長兵衛を懲らしめたりと活躍を続ける長兵衛は、老剣客・難波七右衛門の娘・おきんに惚れ込まれて嫁に迎え、順風満帆の生活を送るのですが――そこでぶつかることになったのは、水野十郎左衛門ら旗本奴・白柄組であります。

 泰平の世に、旗本衆ではなく大名たちが重用されるのを不満に思って暴れる旗本奴たちに、町の人々は迷惑を受けるばかり。そんな中、芝居小屋で四郎兵衛と権兵衛が水野四天王と大喧嘩を繰り広げたことから、長兵衛一家と白柄組の対立が始まることになります。
 そして長兵衛贔屓の関取・桜川五郎蔵が、十郎左衛門贔屓の力士を大一番を下したために闇討ちされるという事件が発生。両者の対立は留まるところを知らず……


 というわけで、長兵衛の少年時代から町奴として身を立て、子分たちとともに繰り広げた様々な活躍振り、そしてその壮絶な最期と子分たちの仇討ちまでを描くこの講談。
 いかにも講談らしく善玉はどこまでも善玉、悪玉はどこまでいっても悪玉とくっきりと色分けされているのは題材が題材だけにすっきりしないところもありますが――しかしその点に目を瞑れば、長兵衛の過ぎるほどに潔い生き様など、なかなか読ませるものがあります。

 また、男を売る町奴が女房を持つわけにはいかないと、面子を振りかざして縁談を一度は断った長兵衛のおかげで、清兵衛をはじめほかの町奴たちの女房も数十人離縁されかける――という騒動など、シリアスな中にもコミカルな(というよりどこか呑気な)味わいも、また講談らしいと言うべきでしょうか。

 正直なところ、今の目で見ると町奴と旗本奴、どっちもどっちでは――そもそも芝居小屋での喧嘩など、長兵衛の子分がタダ見を居直って暴れたのがきっかけな上に、この子分はお咎めなし――などと感じてしまうところではあります。

 しかし武士という身分を笠に着て暴れる旗本奴を、町人代表が懲らしめるというのは、これはやはりいつの時代にも変わらぬ一種の理想であって、聴衆の溜飲が下がるものであったであろうことは容易に想像がつきます。
(冒頭で少年時代の長兵衛が解く判じ物「上は盲で下が痛い」などは、まさに本作の姿勢の表明と言うべきでしょう)
 また個人的には、旗本奴と町奴の対立の背後に、旗本と大名の対立――その背景事情として河井又五郎の一件(言うまでもなく鍵屋ノ辻の仇討ち)に言及しているのに注目――を重ね合わせている視点もまた、興味深いところです。

 さらに終盤、長兵衛の死後、彼の活躍が歌舞伎で広く知られるようになった一方で、長兵衛夫妻の墓の存在は長年忘れ去られ、土中に埋もれていたという展開――ここから一種の縁起物になってめでたく終わるのは言うまでもありませんが――も、見ようによっては大いに皮肉が効いているといえるでしょう。


 プリミティブな豪傑譚であると同時に、やはり時代背景を映し出した物語である本作。思っていた以上に楽しむことができた作品でした。
(そういえば白井権八については全く言及がないのは、あれはさすがに史実と違いすぎるからか、歌舞伎オリジナルの展開ということか……)

『幡随院長兵衛』(講談社講談名作文庫) Amazon

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