久賀理世『奇譚蒐集家小泉八雲 白衣の女』 舞台と趣向を変え、少年八雲久々の登場
少年ラフカディオ・ハーンとその親友が出会う様々な怪異を描く『奇譚蒐集家小泉八雲』が帰ってきました。講談社タイガから講談社文庫へとレーベルを変えても二人の姿は変わらず――しかし本作はアイルランドを舞台に、これまでとはいささか異なる趣向で描かれることになります。
さる貴族とオペラ歌手との間に生まれ、母の死により厄介払いで辺境の寄宿学校に押し込められてしまったオーランド。そこで怪異を愛する少年パトリック・ハーン――後の小泉八雲と出会った彼は、二人で怪異を蒐集するうち、様々な事件に遭遇することに……
という本シリーズは、これまで講談社タイガで2作発表されましたが、今回、講談社文庫から少しだけタイトルを変えて刊行されることになりました。
しかしレーベルが変わったとはいえ、本作は内容的には完全に前二作の続編――ちょっと皮肉屋で、しかし内面に寂しさを抱えたパトリックも、彼の良き理解者であり、時に彼以上に危なっかしいオーランドも、変わらぬ姿を見せてくれるのは嬉しい限りです。
しかし、今回いささか前二作とは趣向が異なるのは、まずはその舞台であります。
これまでの物語では、二人が籍を置く北イングランドの神学校を舞台にしていたのに対して、本作は、クリスマス休暇に久々にパトリックが帰郷することになった(そしてオーランドがそれにつきあうこととなった)アイルランドを舞台に描かれるのです。
そしてもう一つ違うのは、これまでが連作短編スタイルだったのに対して、本作は長編であること――それ自体独立したエピソード(そしてこれがまた実に素晴らしいジェントル・ゴースト・ストーリーなのですが)である序章に続く物語は、ある旧家にまつわる怪異を描く、入り組んだ物語なのです。
かつてパトリックが世話になった乳母から、去年まで雇われていたオブライエン家にバン・シーが現れると聞かされた二人。その家に死人が出るときに現れすすり泣くという妖精の出現に、屋敷の一人息子の安否を気遣う彼女に頼まれて、様子を見に出かけた二人ですが――そこで早速オーランドは、事故に遭いかけたその少年、奇しくも友人と同じ名前であるパトリック(パティ)を助けることになります。
それが縁となってオブライエン家に迎え入れられ、早速バン・シーの噂を調べる二人。噂通り屋敷の人々は外の森に白い衣に赤い瞳の女の姿を目撃しており、二人も屋敷に響く泣き声を耳にすることになります。
さらに、かつて妖精の棲み処に迷い込み、取り替え子とも噂されているパティ、戦争で顔に傷を負い別人の様に狷介となった屋敷の主人、若くして亡くなったその妹、曰くありげな家庭教師――と、二人は屋敷の複雑な人間関係を目の当たりにするのでした。
そしてバン・シーを待つべく、夜の森に潜んだ二人の前に、ついに白衣の女が……
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元々これまでの作品においても、怪異を描くのみならず、その怪異が生まれた、あるいは導かれた理由を、それに関わる人々の姿とともにミステリタッチで描いてきた本シリーズ。その性格は、長編である本作においてこれまで以上に色濃く、そして丹念に描かれることになります。
因縁のある旧家で起きる怪事件というのはいかにもミステリ的ですが、そこに「本物の」怪異を交えつつ描かれる、事件に関わる人々の姿――特に、やむにやまれず哀しみを背負いながら生きなければならない人々の姿は、19世紀のアイルランドという舞台も相まって、深く印象に残ります。
そしてそんな屈託は、オブライエン家の人々だけが胸に抱くものではありません。本作は同時に、久しぶりに帰郷することによって、そしてこの事件によって、忘れていた――忘れようとしていた過去を蘇らせることになった、パトリックの抱えたものもまた、描き出します。
そう、本作は若き小泉八雲が怪異を蒐集する物語であるだけでなく、若き小泉八雲自身の物語でもあるのです。
本作の終盤で明かされる真実――それはどこまでもやりきれず、重いものであります。しかしそこにあるのが哀しみだけではなく、一片の救いと愛が残されていることもまた、本作は描きます。
どれほど人がが過去を背負い、それを悔やもうとも、しかし決して一人ではないのです。パトリックの傍らに、そう、ふりむけばそこにオーランドがいるように。
だからこそ本シリーズは、恐ろしくも哀しい物語を描きつつも、同時にどこまでも優しさを感じさせる――本作を手にして、そう再確認した次第です。
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