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2021.01.02

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 通算第100話記念特別長編『邪教の呪法』

 盲目の美少女修法師・百夜とあやかしたちとの戦いを描く『百夜・百鬼夜行帖』、通算百話記念の特別長編であります。吉原の禿たちを襲った謎の現象をきっかけに、百夜たちが挑む怪異――その背後にいるのははたして異国の妖術使いなのか? 恐るべき、そして哀しい敵との戦いが始まります。

 これまで付喪神たちをはじめとして、様々なあやかしたちと戦ってきた北の美少女修法師・百夜。作者のシリーズ作としてだけでなく、ゴーストハンターものとしても記録的な話数を数える本シリーズの、一つの節目となる長編が本作であります。
 長編と銘打つだけあってボリューム的にはこれまでの短編の数倍、そしてお祭り騒ぎでは終わらない内容を持つ作品であります。


 ある事件をきっかけに法力を失った鐵次が転がり込んでいた吉原・常磐楼で起きた奇妙な出来事――禿たちの何人かが次々と突然意識を失って倒れ、数日後に何事もなかったように目覚めるという怪事に、百夜は常磐楼を訪れることになります。
 そこで百夜が感じ取ったのは、何者かの朱色の気配と、禿たちの命(寿命)が少しずつ削られている痕跡。そして禿たちがいずれも10歳であり、何者かが吉原四方の稲荷社から現れたことを百夜は知ることになります。

 しかし文七や桔梗から、十歳の少女への被害が吉原に留まらず江戸中に広まっていること、いや師の峻岳坊高星から陸奥にまで広まっていることを知った百夜。そして謎の存在の気配を追い雑司が谷の鬼子母神に向かった百夜は、そこで侍たちに守られた異国の術者・ルードラに遭遇することになります。
 果たして一連の事件はルードラが引き起こしているのか? 宮口大学の手を借りて、ルードラが西国の某藩に仕えていることを突き止めた百夜は、藩邸を見張るものの、そこでは想像を絶する惨劇が……


 相棒(?)の左吉のほか、これまで怪異と対決する中で様々な人々と出会い、協力してきた百夜。本作はそんな(七瀧曰く)「百夜一味」メンバーが総結集するに相応しい規模の事件が展開することになります。

 何しろ、物語が進む中で判明した「敵」は、江戸に――いや日本中に張り巡らされたあるネットワークを利用して自在に出没し、かつほとんど無限の力を引き出す、神にも等しい存在。これまで数々の神とも対峙してきた百夜であっても、未知の強敵であります。
 しかも物語の途中で百夜はルードラともども、「敵」の手によって何処とも知れぬ異界に引きずり込まれ、常識の通じない世界で苦闘を強いられることになるのですから、これまでの物語においても最大の危機であることは間違いありません。

 最強の助っ人であるはずの鐵次も、おそらくは『丑寅の鬼』事件の直後で、一切の法力を失っている状態。そんな中で、果たしてこの「敵」に如何に挑むのか、いやそもそもその狙いは何で、何故今動き始めたのか――壮絶な神や魔との死闘を描きつつも、単純に力で対抗するのではなく、その正体と目的、そして撃退方法を探るために景迹が展開されるという、本作ならではの要素もしっかり活かされているのも、嬉しいところであります。
(作中に用意されたミスリーディングも、その趣向を高めているといえるでしょう)


 しかし――シリーズ最大の激闘と壮大な伝奇的仕掛けとを展開しつつも、その先に本作が描き出すのは、どこまでも等身大の人間の持つ情と業なのであります。

 理不尽な運命に苦しみ、悲しむ人間が、ほんの僅か道を踏み外してしまった――そしてそれが思わぬ運命の悪戯と結びついた時、そこに生まれるもの。理不尽に理不尽が重なった時に生まれる哀しみこそが、本作で真に百夜たちが対峙すべきものなのであります。
 そしてその哀しみの姿は、決して今を生きる者にとっても決して無縁でないことを、本作は静かに語りかけます。

 もちろんそれは、たとえ百夜であっても祓えるもの、この世からなくせるものではありません。しかしだからこそ、その存在を真正面から受け止め、受け容れようとする百夜の――そして鐵次の姿は、物悲しくも、人が人に対して示すことができる一つの救いとして感じられます。
 そしてそれは二人がこの世ならぬ者たちの声を聞く修法師、イタコであることと、もちろん無縁ではないのでしょう。

 特別編に相応しいスケールの活劇を展開しつつも、同時に本シリーズならではの独自性を、そして作者が本シリーズに込めた想いを示してみせる――『百夜・百鬼夜行帖』という物語の節目に相応しい、一つの極を見せていただいた思いです。

『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『邪教の呪法・前篇』 Amazon/ 『邪教の呪法・後篇』 Amazon

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