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2021.02.11

操觚の会『足利の血脈 書き下ろし歴史アンソロジー』(その3) 秋山香乃・谷津矢車

 操觚の会と栃木県さくら市とのコラボレーションから生まれた、古河公方を通じて戦国史を描くユニークなアンソロジーの紹介、その最終回であります。室町幕府が倒れ、そして戦国時代も終わる中、古河の足利家の向かう道は……

『大禍時――織田信長謀殺』(秋山香乃) 1582年 足利義氏
 室町公方を京から追放し、天下人となった織田信長。義氏に仕えるさくら忍びの一人・犬吉は、突然その信長を害したいと願い出ます。信長こそは足利義教の生まれ変わりという犬吉の言葉を一笑に付す義氏ですが、やがてこのまま北条に捨てられることへの恐れが勝り、暗殺を命じることになります。
 しかし暗殺は大失敗、信長の報復に恐怖する義氏ですが、そこに思わぬ知らせが……

 既に宿敵であったはずの室町公方も消滅した時代を舞台とした本作は、ある意味第三話と対になる物語。サブタイトルこそ信長の最期に触れていますが(義教と信長の関係をこのように描いた作品はこれまでなかったと思いますが、妙な説得力に感心)、第三話でその誕生が描かれた義氏の複雑な心中こそが、物語の主題となります。

 足利晴氏と北条家の娘の間に生まれ、父や兄と争い続けて来た義氏。利用されるために北条に作られ、死なないために古河公方となったと自嘲する義氏は、なおも生き続けるためにさくら忍びの無謀な(とも言い切れないか、第五話を見れば……)提案に乗るのですが――失敗の恐怖が、皮肉にもこれまで戦い続けてきた相手への情を甦らせることになるのです。

 もちろんそれは「足利の血脈」を残すための虚しいこだわりなのかもしれませんが――滅びを前にして、骨肉の争いがようやく終わりを迎えるというのも、愚かで、しかし実に人間らしい姿といえるのではないでしょうか。


『凪の世――喜連川藩誕生』(谷津矢車) 1600 喜連川頼氏
 関ヶ原の戦の終了後、参陣しなかった喜連川家から家康に送られた戦勝祝いの遣い。高坂甚内と名乗るその男の風体に不審を抱く家康ですが、甚内は家康の頭痛の種を散ずると嘯き、奇妙な話を始めるのでした。
 仕えていた武田家滅亡以来、山賊まがいの日々を送っていた甚内の前に現れ、圧倒的な力を見せた不二丸。いざという時、自分からの仕事を請けろという彼の言葉を受け容れ、古河公方のために働いてきた甚内は、豊臣の北条征伐において思わぬ役目を果たすことに……

 かつて古河公方・晴氏に敗れた小弓公方の末裔(第三話の展開がここで繋がるとは!)ながら、古河公方嫡流の氏姫と婚姻した頼氏。フィクションの世界では――操觚の会とさくら市のコラボ第一弾である神家正成の『さくらと扇』のように――氏姫の方に脚光が当たる中、喜連川家を興したとはいえ、彼が中心となるのはユニークなチョイスと感じます。
 しかし本作がさらにユニークなのは、この頼氏と氏姫、そして不二丸に、高坂甚内を絡めてみせたことでしょう。風魔小太郎を裏切り、風魔を滅ぼした盗賊として知られる甚内ですが、本作では思わぬ形で古河公方家と繋がり、この巷説の「真実」を描き出すことになります。

 戦闘力では不二丸にも及ばない甚内が、いかにして剽悍極まりない小太郎と風魔一族に挑むのか、そしてそれが如何にして喜連川家から家康への戦勝祝いに繋がるのか?
 その興味はもちろんのこと、甚内のキャラクター造形(小道具の使い方が実に巧い)、本書を通じて因縁が描かれてきたさくら忍びと風魔との決着、そして何よりも頼氏の深謀遠慮とさくら忍びの去就、戦国の終わり――実に様々な要素を含みながらも、それがすべて破綻なくまとまった本作。本書の掉尾を飾るにまことに相応しい一編であります。


 その一の冒頭で述べたとおり、知名度という点では――そしてフィクションへの登場度合いにおいても――マイナーというべき位置づけの古河公方/喜連川家。
 その古河公方を中心とするアンソロジというのは、かなりチャレンジングな企画なのでは、と本書を手に取る前は思いましたが、さすがはというべきでしょうか、いずれも「らしさ」の出た七作品を堪能させていただきました。
(一見、古河公方を絡めるのに苦しい印象の作品もありましたが、その点を伝奇性やキャラクター描写の妙で超えてみせるのも流石というべきでしょう)

 久々にアンソロジーの楽しさを満喫させていただいた一冊であります。


『足利の血脈 書き下ろし歴史アンソロジー』(秋山香乃ほか PHP研究所) Amazon

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