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2021.02.09

操觚の会『足利の血脈 書き下ろし歴史アンソロジー』(その1) 早見俊・川越宗一

 これまでもオリジナルのアンソロジーを次々と送り出してきた操觚の会の新たなアンソロジーのテーマは、足利氏。それも、足利は足利でも、古河公方=後の喜連川足利氏――栃木県さくら市とコラボレーションして「古河公方から見た関東戦国史」を描く、実にユニークなアンソロジーです。

 室町に幕府を開いた足利氏が江戸時代には大名家として残らなかった一方で、石高こそ五千石とはいえ、大名の格式を持ち続けた喜連川足利氏。古河公方の流れを汲み、室町時代後期からの激動をしぶとく生き抜いた一門ですが、しかし知名度はあまり高くない――というのが正直なところでしょう。

 本書はそんな喜連川足利氏を題材に、所領であった喜連川――現・栃木県さくら市とのコラボレーションから生まれたアンソロジー。嘉吉の乱から徳川幕府成立という大きな歴史の流れの中での古河公方/喜連川足利氏の姿を、古河公方に仕えてきた忍び・さくら一族と、その代々の頭領・千古の不二丸を通して描いた全七編から構成されています。
 以下、収録作品を一編ずつ紹介いたしましょう。


『嘉吉の狐――古河公方誕生』(早見俊):1441年 足利成氏
 鎌倉公方・足利持氏が六代将軍・足利義教の命を受けた軍勢に敗れてから一年後、その遺児・春王丸と安王丸が決起したことで始まった結城合戦。しかし持氏の遺児にはもう一人、不二丸に守られ、喜連川のさくらの里に保護された万寿王丸がいました。
 しかし結城合戦での鎌倉方の敗北と時を同じくして、さくらの里は幕府方の兵に襲撃され、辛うじて落ち延びた万寿王丸。父と兄たちを奪った義教を討つことを決意した彼は、不二丸とともに京に上り、赤松満祐の懐に飛び込むのですが……

 幕府の関東支配の足がかりとして置かれた鎌倉公方。やがて京と対立し、永享の乱で断絶した鎌倉公方は、その後、成氏の代で復活したものの、古河を本拠としたことで古河公方と呼ばれることとなった――本作は副題のとおり、その古河公方の誕生前夜を描く物語であります。
 そしてその中心となるのは、万寿王丸――すなわち後の成氏の復仇譚。義教によってすべてを奪われた彼が、ほとんど徒手空拳でこの万人恐怖と謳われた絶対権力にいかに挑んだか――本書を通じての陰の主役である不二丸の活躍も印象に残る一編です。


『清き流れの源へ――堀越公方滅亡』(川越宗一):1491年 足利茶々丸
 新たな鎌倉公方として幕府に任じられ、伊豆堀越を拠点として古河公方と対立した堀越公方・足利政知。その長子である茶々丸は、父と継母に疎んじられた末に廃嫡され、彼の身を案じるのは、侍女の皐月のみという状況にありました。
 実はその皐月こそは、実は堀越公方と対立する古河公方方のさくら一族の忍び――彼女は堀越方の混乱の火種となる茶々丸を守るよう命じられていたのであります。

 しかし、運命に翻弄される茶々丸に上からの命に動かされる人形でしかない自分の身を重ねるようになった皐月は、命に逆らい、茶々丸を救うために一人動き出すのですが……

 京と敵対する古河公方に対し、新たに設置された堀越公方――第二話は、本書においては「敵方」である堀越公方側を描く物語。第一話の主人公・成氏が長期に渡って幕府と戦い続けてきたのと対照的に、短命に終わった堀越公方ですが、本作はその二代目にして最後となった茶々丸が物語の中心となります。

 長子でありながらも廃嫡された茶々丸と、彼を密かに守る――しかし決して善意などではなく、利用するために――命を受けた女忍び。いかにもロマンスが生じそうなシチュエーションですが、本作はそこから一捻りも二捻りも加えたドラマを展開させるのです。
 そう、皐月が戦うのは愛のためなどではなく、自分が誰かの道具でなく、自分自身として生きるため――そう決意して立ち上がる彼女の姿には、多くの読者が共感できるのではないでしょうか。

 しかし、その先に待っているのは、さらに非情な現実であります。彼女の想いと、彼女が救いたかった者の想い。そこに生じたあまりに残酷で皮肉なすれ違いには、言葉を失います。そしてそこにもう一人の想いを重ねることにより、堀越公方の滅亡という史実の陰に在った名もない者たちの姿を、本作は鮮烈に浮かび上がらせるのです。

 歴史の奔流に翻弄された人々の姿とその想いを描き、短編ながら非常に濃厚な読後感を残す本作。個人的には、本書の中でも屈指の一編と感じます。


 第三話以降の紹介は、次回に続きます。


『足利の血脈 書き下ろし歴史アンソロジー』(秋山香乃ほか PHP研究所) Amazon

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