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2021.02.02

霜島けい『月の鉢 九十九字ふしぎ屋 商い中』 奇怪で奇妙で奇想に富んだ三つのもののけ譚

 曰く付きの品物ばかりを扱う九十九字屋を舞台とする妖怪時代小説シリーズ『九十九字ふしぎ屋商い中』の第7弾であります。会いたい人に会えるという力を持つ鉢、仇を討ちされなかったのを未練に骸骨になった武士、商家に現れる謎の真っ黒な人型の影――いずれも奇妙な事件の数々が描かれます。

 九十九字屋のイケメン仏頂面店主・冬吾と、霊感持ちで情に厚い奉公人の少女・るい(そしてるいの父親で今は「ぬりかべ」の作蔵)が、店に持ち込まれる事件の解決に奔走する本シリーズ。本書もその基本設定に忠実な、いわば通常営業の内容ですが――しかし同時に収録された全三話は、いずれも奇怪で奇妙で奇想に富んだ物語揃いであります。

 十五夜の二日後、店先に現れた子連れの女の幽霊の言葉に促され、その亭主・清一のもとへ急いだ冬吾とるい。はたして二日前から死んだように眠り続けていた清一に対し、何故かこの事態を予想していた冬吾は、そこにあった水を張った平鉢に目を向けると……

 という表題作『月の鉢』。冬吾によって清一が無事目を覚ましたかと思えば、それは実はまだ序盤。そこからこの鉢の力と来歴が語られていくことになります。
 中秋の名月の晩に水を入れて覗き込めば、会いたい人に――もはやこの世にいない人であっても会えるという鉢。かつて妻子を喪い、生きる気力を失った清一は、冬吾から借りたこの鉢の力で一度は立ち直ったのです。

 しかしそこから冬吾が語る鉢の力の真実は、こちらが想像するものとわずかに異なるものであって――しかしその違いこそが、何とも不気味に感じられます。そして鉢にはそれ以外の力がないからこそ、逆に鉢に耽溺してしまう人の姿が恐ろしくも哀しいのです。
 本作の結末で描かれるものは、根本的な解決ではもちろんありません。しかし冒頭の展開と見事に繋がるそれは、切なくも暖かく本作らしい救いがあるものと感じられるのです。


 一方、第2話『仇討ち』は、タイトルの通り、市井を舞台とする本シリーズでは珍しい侍の世界にまつわる物語であります。

 油売りの伊佐吉の姿を窺う侍を目撃したるい。ところがその侍・原田新左衛門の姿は骸骨――しかも新左衛門に見込まれてしまったるいは、伊佐吉は仇討ち中の身であり、その仇こそが自分であると聞かされるのでした。
 仇持ちの身に疲れ、伊佐吉に討たれることを望んでいた新左衛門は、しかし討たれる前に食あたりで死に、その無念からこの世に留まっているというのですが……

 そんな本作でなければまずお目にかかれないような、奇っ怪な仇討ち譚の本作。この先も次々と新たな真実が明らかになり、事態は二転三転、当人たちは深刻にもかかわらず(新左衛門が本当に面白いことばかり喋ることもあり)、見ているこちらにとっては実に可笑しい展開が続くことになります。
 しかしそこから透けて見えるのは、ままならぬ世の中に振り回され、しかしそれでも自分自身を貫こうとする人々の懸命な姿であります。そしてそれを助けようと奮闘するるいと、相変わらずツンデレに彼女を助ける冬吾の姿も印象に残るところです。


 そしてラストの『一人法師』は、薬種問屋・日立屋に現れる「人のかたちをした影のようなもの」にまつわる物語。
 昼夜を問わず現れる奇怪な影に、店の人々が恐れ慄き、店を開けているのも難しいという状態になってしまった日立屋。自分の天敵であり、しかし優れた力を持つ兄・周音も手に負えないというこの一件を託された冬吾は、るいに日立屋に住み込みで監視に当たるよう命じるのですが……

 夜の闇の中でも存在がはっきりとわかる、ただゆらりゆらりと佇んでいる黒い影――そんな静かな、しかしそれだけに不気味で恐ろしいもののけが登場する本作。正直なところ、何が(誰が)もののけ出現のきっかけか、というのはすぐに予想はついてしまうのですが、しかし本番はそこからであります。

 力では祓うことはできない、祓ってはいけないもののけ。その陰に存在する人の想いを、残酷なまでに曝け出し、しかしそこにさらに大きな想いを意外な形でぶつけ、そしてそこから美しい救いを見出す――そんなクライマックスの展開は、実に本作らしい人情味に溢れたものと言うべきでしょう。
 そしてそこから、周音と冬吾という犬猿の仲の兄弟の在り方まで繋がっていくのも唸らされた次第です。


 というわけで、今回も怪奇と人情が高度な融合し、満足度の高かい内容だった本書。たしか発売予告から3ヶ月連続で延期された記憶がありますが、しかし待っただけの甲斐はあった作品であります。


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