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2021.02.18

技来静也『拳闘暗黒伝セスタス』第4巻・第5巻 三人の少年のすれ違いと別れ そして新たな旅立ち

 いよいよアニメ放送も近づいてきた『拳闘暗黒伝セスタス』紹介の続きであります。幾度かの戦いを通じ、身分違いのルスカと友情を深めていくセスタス。しかしあまりにも残酷な運命が、二人を引き裂くことになります。そして再び皇帝ネロの元に召し出されたセスタスの選択は……

 皇帝ネロの時代、生きるために拳奴として命がけの戦いを義務付けられた少年・セスタスの苦闘を描く『拳闘暗黒伝セスタス』。今回ご紹介する第4巻・第5巻は、セスタスの運命のあまりにも大きな変転を描く、いわば第1部完とでも表すべきエピソードであります。

 格闘兵団での練習試合において、拳闘ではルスカに勝利したものの、暴走して何でもありの状態となった彼には手も足も出ずに終わったセスタス。その時の精神的ダメージから抜け出せないセスタスに対して、師たるザファルは、荒くれ格闘士に対し、身を以て拳闘の強さを知らしめて……
 というエピソードから始まる第4巻。何でもありの格闘士相手に、拳闘士の側も、近代拳闘では禁じ手とされている技で挑む――というシチュエーションは大いに盛り上がりますが、しかしこの巻の格闘場面はここともう一箇所のみ。むしろこの巻の中心となるのは、セスタスとルスカ、そして彼ら二人と縁のある少女・ヴァレリアを襲う悲劇的な運命なのです。

 セスタスたち拳奴を力で支配し、その命を弄んできた貴族・ヴァレンス――セスタスにとっては親友を自分の眼前で殺した怨敵ですが、その一人娘・ヴァレリアは、父の所業に深く心を痛め、諌めようとする、極めて純粋で美しい心の持ち主。そして彼女こそは、ルスカの恋人、婚約者だったのであります。
 それを知り、似合いの二人を心から祝福するセスタス。しかし死と暴力に満ちた物語は、この純粋に美しく、善良な二人をも容赦はしません。ヴァレンスに対する拳奴たちの不満は既に臨界点を超え、この圧制者の唯一の弱点ともいうべきヴァレリアを人質に、ついに叛乱、脱走へと至ったのです。

 その顛末について敢えてここで述べませんが、ここで二人の少年の心に残ったのは深い傷跡であり、そして二人の間に残ったのは深い断絶であります。身分の違いを超え築かれてきた二人の友情は、しかしここで拳奴に対して拭い難い怒りと恨みを背負うことになったルスカによって、一方的に断ち切られることになったのですから……


 そして続く第5巻では、そんな悲劇の先の、セスタスの運命の変転が描かれることになります。
 拳奴たちの叛乱の責任を取らされたヴァレンスが没落し、売り飛ばされることとなったセスタス。ザファルとも引き離され、悍ましい奴隷市場に「商品」として立たされるという屈辱を味わったセスタスを買い取ったのは――皇帝ネロその人であります。

 かねてより同年代の少年として、セスタスに対等の友人であることを求めてきたネロ。しかしその想いに戸惑うセスタスに一度は拒絶された彼は、今度は主としてセスタスに相対することになります。
 もともと(この『拳闘暗黒伝』においては)セスタス、ルスカに並び、第三の主人公的存在であったネロ。セスタスとはあまりにも身分も立場も異なるネロですが、しかし本作においては、彼はまた違った意味で自由を渇望する少年として描かれるのです。

 母・アグレッピーナの陰謀の果てに傀儡の同然に皇帝となり、妃を含めて周囲の誰一人として心を許すことができず、強い孤独を背負うネロ。奴隷として鎖に繋がれたセスタスに対し、皇帝として全てを持ちながらもその立場に縛られたネロと――ほぼ正反対の立場でありながら、二人は奇妙な共通項を持つともいえるでしょう。
 しかし、少年ゆえの未熟さが二人をすれ違わせ、大きな溝を生んでしまう――その姿は、何とも切なく、口惜しく感じられます。

 暴君としての印象が強すぎるネロ――その彼をこのような角度から描くことができたのは、本作の収穫の一つでしょう。そしてこれまで典型的な悪女として、ネロに過剰な(この巻では異常な)愛を注ぐアグレッピーナすらも、その陰の悩める母としての姿を描いてみせるのにも、また驚かされるのです。
 拳奴という存在を通して、皇帝一家の抱えた孤独を浮き彫りにしてみせたこの巻のエピソードは、歴史ものとしての本作の魅力が、最も色濃く表れたものと感じるのです。


 そして再びネロのもとを離れ、敢えて安逸な立場を捨て、再び拳奴としての道を歩み始めるセスタス。ザファルには再会できたものの、ローマを離れることとなった彼の物語は、これより全く新たな展開を迎えることになりますが――それはまたいずれ、ご紹介しましょう。


『拳闘暗黒伝セスタス』(技来静也 白泉社ジェッツコミックス) 第4巻 Amazon/ 第5巻 Amazon

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