恵広史『カンギバンカ』第1巻 漫画として生まれ変わった『じんかん』刊行開始!
第11回山田風太郎賞受賞、直木賞にもエントリーされた今村翔吾の『じんかん』――その漫画版の単行本第1巻が早くも刊行されました。歴史ものでは悪役として描かれることが多かった松永久秀を全く異なる角度から描いた物語の、その序章であります。
『BLOODY MONDAY』など現代ものを描いてきた恵広史がおそらく初めて挑む歴史ものである本作。原作である『じんかん』は、将軍足利義輝殺し・主君三好長慶殺し・東大寺大仏殿焼討ちという三大悪を為した人物として知られる梟雄・松永久秀の「真の姿」を描く物語であります。
人買いに捕まり、売られていく途中の九兵衛と甚助の兄弟。彼らは、その人買いどもの不意を突いて襲いかかった、子供ばかりの野盗団によって助けられることになります。
頭領の多聞丸をはじめ、全員天涯孤独の身の上である野盗団に対して、自分たちも同様の身の上でありつつも、一度は彼らを信じられずに距離を置こうとする九兵衛。弱肉強食の戦国の世に絶望していた彼に対して、多聞丸は自分たちの「夢」を語ります。
「奪い奪われることのない場所(くに)をつくる」。孤児が自分たちの国を持つという、まさしく夢物語に強く惹きつけられた九兵衛は、多聞丸――松永多聞丸とともに歩むことをを決意して……
という第1話については以前もご紹介しましたが、やはり改めて読み直してみても、原作では多聞丸視点で始まった物語を九兵衛視点で描くことにより、多聞丸たちの行動のインパクトを強めるという語り起こしに唸らされます。
そして何よりも、同じ大望を持つ仲間として歩みだす多聞丸と九兵衛の、動と静の描写も巧みで――特に多聞丸のキャラクターは、実にマガジンの漫画らしい造形で感心させられた次第です。
そしてこの巻の後半では、いよいよ戦に参加してのし上がろうという多聞丸たちが、最後の一稼ぎに挑むも――という悲劇が描かれることになります。
原作ではそこに、多聞丸の九兵衛への嫉妬めいた感情が描かれ、それが悲劇の遠因ともなっているのですが――本作ではそこをバッサリカット。それによって、後半の展開の原因がほとんど全て「外側」に求められることになり、ある意味より悲劇性が高まっていると感じます。
ちなみに本作は、物語の流れ自体は原作に忠実ではあるものの、先に述べた視点の変更など、細かい点でかなりアレンジやエピソードの取捨選択(九兵衛と甚助の母の死の真相など)が加えられています。
この辺りは、本作を一本の週刊連載漫画として描いた時の流れが自然になるよう――流れが途切れないよう――周到に考えられていると感心いたします。
閑話休題、クライマックスに至り、松永久秀について知識がある人間であれば「アッ」となる展開――そしてこれまたこの場面の少年漫画的なテンションが実にいい――を経て、そしてさらなる悲劇の予感を描いてこの巻は終わることになります。
冒頭で触れたように、この巻は物語のまだまだ序章(原作の第一章の終盤辺りまで)、ここから本当の幕が上がるのですが――いよいよ戦国ものとして、そして松永久秀伝として盛り上がっていく物語を、本作がどのように少年漫画として描いてくれるのか、楽しみでなりません。
原作のストーリーに忠実でありながらも、そこに安住せず(と敢えて言ってしまいましょう)漫画として描くために物語を構成し直すという、小説の漫画化として理想的な形式の本作。原作の物語の面白さは折り紙付きなだけに、本作の向かう先には、大いに期待させられてしまうのであります。
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