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2021.02.16

東村アキコ『雪花の虎』第10巻 虎が戦う理由 そして最初で最後の激突へ

 女人上杉謙信こと虎の戦いの物語もついにこの第10巻で終わりの時を迎えることとなりました。最終巻のメインとなるのは、第四次川中島の戦い――言うまでもなく、川中島の戦いにおいて最大の激戦であります。はたしてその戦で描かれるものは……

 実は女人であった長尾景虎、そしてこの巻の冒頭で上杉政虎/輝虎となる虎(ややこしいので虎で統一します)の生涯を描いてきた本作。前巻では、彼女にとって生涯最愛の人と言うべき進士源十郎、またの名を明智十兵衛の子を宿し、そして失った姿と、第二次川中島の戦いで消耗しきった末に、出家騒動というか出奔事件を起こすまでが描かれました。
 そして源十郎のもとに奔った虎ですが――そこに彼女を迎えに来たのが宗謙という、修羅場必至の状況から始まるこの巻。しかしさすが僧侶というべきか、ここで宗謙が虎に叩きつける厳しくも虎への信頼と愛情に溢れた言葉は、女人である彼女が戦う理由を語るものであり――ほとんどこの作品の本質を突くことになります。

 そしてこの本作のテーマを語り切ったかに見えるこの言葉とは、ある意味表裏一体のものとして描かれるのが第四次川中島の戦いであります。ほとんどお互い意地の張り合いのようにして激突する虎と信玄。いや、それは「ように」ではなく、まさに女と男、それぞれの立場からの意地の張り合いなのであります。
 そしてその女と男は、12年前と同じく、湯の中で再会することに――って、やるような気がしていたけれども本当にやるとは! というリプライズを経て、いよいよ両雄の最初で最後の激突が始まることになります。

 しかし本作のユニークな点は、「甲陽軍鑑」には依らず、虎が布陣したのが妻女山ではなく、茶臼山というかなり大胆なアレンジを加えている点でしょう。
 ほとんど通説とは正反対の布陣となりつつも、いかにそこからあの霧の遭遇、そして虎と信玄の一騎打ちに持っていくか? そんなアクロバット的展開が実に面白いのですが、それだけでなく、この戦のそもそもの特異性について、一から丹念に語ってみせるのもまた、本作ならではの見せ方と感じます。

 必ずしも戦国ファンとは限らない――というよりおそらく違う――作者の読者層を対象とした硬軟織り交ぜた解説は本作の特徴ですが、それは最後の最後までしっかりと機能していた感があります。


 それにしてもこの最終巻、冒頭の虎の出奔騒動が1556年、そこから虎が世を去る1578年(第四次川中島の戦いが1561年)までと、かなりの長期間を舞台としています。というより最終話の前半まで川中島の戦いで、一歩間違えればかなり駆け足になってしまいかねない構成なのですが――しかしそれが実際に読んでみると、実に綺麗にまとまっているのは、やはりこれは作者の力量というほかないでしょう。

 ただ一つ、源十郎改め明智光秀とのドラマは、もう少し引っ張って欲しかったという印象が個人的にはあるのですが、しかし二人の人生が交わったのはほんの一瞬、その先は虎には虎の、光秀には光秀の、それぞれの人生が続く――というのもまた、これはこれで一つの真実であることは間違いありません。


 そしてその果てに、虎が戦う理由、その強さの理由を描き切って終わった本作。謙信女性説という、ある意味お馴染みの、しかし今となっては扱いづらい題材を用いつつも、そこからブレることなく、最後の最後まで(きっちりと戦国ものとして盛り上げつつ)作者らしい視点を貫いてみせた物語であったと思います。

 あとがきによれば、またいつか歴史漫画を描きたいとのことで――その時を、今から楽しみにしている次第です。


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