田中ほさな『川島芳子は男になりたい』第3巻 対決、青幇&蒋介石! 芳子最後の戦い!?
あの男装の麗人・川島芳子が本当に男に変身して冒険に身を投じるアクション活劇の第3巻であります。ついに石原莞爾の下、スパイとして活動することとなった芳子。その最初の任務は、青幇からの阿片の奪取という危険極まりないものでありました。しかもそこに現れた男の名こそは……
男となって国家の大業を担うような冒険をするため、魔都・上海で男となるための術を施された芳子。その結果、「エロい感じ」になると男になり、涙を流すと女に戻るという妙な体質(?)になってしまった芳子ですが――しかしそれを活かして数々のミッションを達成、ついに石原機関の一員として迎えられることになります。
そしてこの巻で描かれるのは、彼女の石原機関での初任務――上海に流通する阿片の行方の追跡ですが――しかし阿片を仕切るのは上海を影から支配する秘密結社・青幇。阿片を追うということは、即ちこの青幇と事を構えるということであり、初仕事というには、少しどころでなくハードな内容であります。
それでも新たな仲間である海上麗瑠(上海リル!)の房中術によって、青幇三大頭目の一人・張嘯林の口からラオスから特級物の阿片が荷揚げされることを掴んだ芳子たちですが、今度はその強奪という無茶振りを石原から受ける羽目に(そしてそれをあっさり受ける芳子)。
それでも文字通り体当たりで一度は成功したかに見えた強奪作戦ですが、そこに現れたのは同じく阿片横取りを狙う男、その名も蒋介石……!
清・中華民国期に政治・経済両面で隠然たる力を振るった秘密結社・青幇と、国民党の軍事指導者として歴史に名を残す蒋介石。これまで様々な歴史上の人物・組織が登場してきた本作(というか川島芳子自身が歴史上の人物なのですが)ですが、今回もまた相当の大物の登場です。
特に蒋介石は、芳子同様、上海の顔役・EV・サスーンに選ばれた者。余命僅かな「総統」(言うまでもなく、日本とも縁の深いあの人物でしょう)の夢を救うために、世界最強の軍隊を創り天下を平定すると嘯く、単なる敵役とは言い難い、むしろ一世の快男児と評すべき人物であります。
いうなれば蒋介石は、芳子がそうなりたい「男」を体現したような人物。蒋介石が溥儀の政治的なライバルである以上に、芳子にとっては最大の壁と言うべき存在なのです。
そして蒋介石が「男」として芳子と対置されるべきキャラクターであるとすれば、「女」として対置されるのは、麗瑠でしょう。
石原機関の同僚として、そしてスパイとしては先輩として描かれる彼女は、女であることを自らの最大の武器として使うことを躊躇わない――言い換えれば、自分が「女」であることに、極めて自覚的な存在。そんな彼女が、事ある毎に男たらんとして暴走する芳子に、冷静にツッコミを入れるのも、むしろ当然と言うべきでしょう。
この巻で描かれるのは、石原機関vs青幇vs蒋介石一派の三つ巴のジェットコースターバトル――本当に留まるところを知らないというか、事態がページを繰るごとに変わっていく疾走感はお見事――であることはもちろんであります。しかし同時に、いやそれ以上に、「男」と「女」その双方で自分と対極の相手と対峙させることによって、芳子という人間の在り方が問い直されたのではないか――そう感じます。
そしてそれは、肉体的に「男」になったとして、はたして芳子の心は「男」なのか「女」なのか。芳子が目指す「男」とは、肉体的なもののみを指すのか――いやそれよりも何よりも、「男」がそこまで優れたものなのか? という、より根源的な問いかけに繋がっていくことになります。
正直なところ、この巻の時点では、この問いかけに完全な答えが出たとは言い難い印象もありますが――しかしラストで蒋介石が芳子にかけた言葉は、その答えの一つと感じられます。
しかし、残念なことに――本当に残念なことに、本作はこの第3巻で終幕ということになります。面白そうな題材は幾つもあるのに、何よりも西太后一派との戦いはこれからだというのに――と口惜しい気持ちはあります。この先、日本と中国、諸外国との関係が混迷を深めていく中を、颯爽と駆け抜けていく芳子の物語をまだまだ読みたかった、と心から思います。
しかし、派手な活劇や絶妙な呼吸のギャグ、そして伝奇的な仕掛けと同時に、巧みにジェンダー的な視点を盛り込みつつ芳子の成長を描いてみせた本作に出会えてよかった――それもまた、偽らざる思いなのであります。
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