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2021.03.03

水守糸子『乙女椿と横濱オペラ』 凸凹コンビの賑やかでほろ苦い怪異譚

 明治から大正へと移り変わる頃の横濱を舞台に、純粋で明朗な女学生・紅と、ぐうたらでいい加減な青年絵師・草介のコンビが街を騒がす怪異の数々を追う連作集であります。数々の怪異の真相とは、その背後に存在するものとは――凸凹コンビの賑やかで、そしてほろ苦いドラマが始まります。

 華族などの上流階級の庭を手掛ける裕福な庭師の家に生まれた女学生・茶木紅。そんな彼女が今日も足を運ぶのは、父の長屋に暮らす売れない絵師・時川草介のもとであります。
 紅がまだ幼い頃に京都から横濱に流れ着き、家族同然の付き合いをしている草介。実は彼は幼い頃に大江山で神隠しに遭ったという経験の持ち主であり――神隠しから帰って以来、人には見えないものを見たり聞いたりする力を得ていたというのです。

 そんな草介に対して紅が頼んだのは、行方不明になった婚約者の青年・誠一郎探し。やはり庭師であった彼は、出入りしていた男爵の屋敷の古椿によって、神隠しにあったのではないかと囁かれていたのです。
 まだ会って日は浅いものの、「まことの恋」ができるかもしれない相手を助け出すため、以前からとかくの噂のあるその古椿を調べて欲しい――そんな紅に、ぼやきつつも付き合うこととなった草介は、その男爵屋敷の「化け椿」を検分するのですが……


 この第一話「椿の神隠し」に始まる本作は、全三話構成であります。
 紅の女学校に出没するリボンに洋装の少女の亡霊の謎と、紅の学友の美少女・桂花と草介の恋(?)を描く第二話「リボンの花幽霊」
 一夜の恋の代償に狗神の祟りに遭っているという幼馴染・つや子と祖母のミクズが草介の故郷からやって来たことから、草介と紅が思わぬ事件に巻き込まれる第三話「狗神の恋」

 主人公である紅と草介の立場はあくまでも一般人、そして物語も巻き込まれる形で展開するだけに、怪異ものとしては本作ははあまり派手な部類ではありません。また、謎解き要素についても、特に第一話と第二話は(分量的に第三話の半分くらいということもあってか)比較的シンプルで、真相の予想もつきやすいところであります。

 しかしそれを補ってあまりあるのが、登場人物の描写です。紅や各話のゲストキャラクターといった登場人物たちの描写は、さり気ない中にも細やかな心の動きが感じられ、怪異という極端な状況の中で、人の心情/真情というものを浮かび上がらせてくれます。
 そして彼女たち/彼らの背景事情が実は毎回かなり重い内容であるだけに、それが一層胸に迫るのであります。


 と、敢えて「紅や各話のゲストキャラクターといった登場人物たち」と書きましたが、そんな物語の中で、なかなかその心中が見えてこないのが草介です。

 普段、飄々というより茫洋として何を考えているかわからない草介。感情がストレートに出やすい紅に対して、草介は果たして何を考えているのか、わかりやすいようでいて実はほとんど見えない男であります。
 この世ならざるものを見ることができる彼がはっきりと真実を語っていれば、もっと早く事件が解決していたのに、と思わされることも度々なのですが――何よりも彼が紅のことをどう思っているのか、それがなかなかわからないところに、何ともやきもきさせられるのです。

 しかしそんな草介の想いは、第三話において、彼の秘められた過去とともに描かれることになります。
 冒頭で述べたように、幼い頃に神隠しに遭い、そして帰ってきた草介。しかしそれは、事実の全てではありません。異界で過ごしてきた彼が背負ったもの、そして帰ってきた時に見たもの、それは――ここでは述べませんが、それが語られた時、彼が周囲に見せる態度の理由も、そして紅へ抱く想いも、全てが明らかになるのです。

 そしてそれを知った時、草介という人物が大いに愛しく、魅力的に感じられるようになるでしょう。そして彼と共にある紅も、そしてその二人の日常と怪異との遭遇を描くこの物語そのものもまた。


 そんな紅と草介が、この先何を見て、何を想うのか――この賑やかでほろ苦くて、そして愛おしい物語のその先を、是非とも見たいと感じている次第です。


『乙女椿と横濱オペラ』(水守糸子 集英社オレンジ文庫) Amazon

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