大西実生子『フェンリル』第3巻 テムジンの勝利 そしてもう一人の男・源義経、大陸に立つ!
宇宙からやって来た美女・フェンリルの力を借り、中原そして世界統一に乗り出した青年テムジンの活躍を描く第3巻であります。ついに宿敵タイチュウト族長・タルグタイとの一騎打ちに臨むテムジンの運命は。そしてもう一人、宿命の男が海を渡ることに……
湖底に眠る美しい異星の美女・フェンリルと出会い、彼女を故郷に帰すべく、世界の王へと足を踏み出したテムジン。その第一歩として、タイチュウト族に挑むことを決意したテムジンは、父の盟友であったケレイト族の長老トオリル・カンの力を借りることになります。
トオリル・カンに与えられた三人の剽悍な蛮戸兵を受け容れ、彼らを加えたわずか六名でタイチュウトの砦を攻めることになったテムジン。捕虜となったタイチュウトの男の案内で砦に潜入したテムジンたちは、蛮戸兵の活躍もあって、ついにタルグタイのもとにたどり着くのですが……
かくてこの巻の前半で描かれるのは、テムジンとタルグタイとの決戦。かつてはテムジンの父の配下でありながらも、その死後に独立し頭角を現したタルグタイは、本作においては、自分の配下のみを優遇し、被征服部族を人間扱いしない――テムジンとはまさに対象的な、典型的な暴君として描かれます。
そのキャラクターに加えて、その憎々しい表情と大兵肥満のビジュアルは、見るからに「敵役」に相応しい存在ですが、三人で六十騎分の力と言われた蛮戸兵をたやすく退けるその実力は本物であります。
(蛮戸兵が単なるかませになってしまったのは非常に残念ですが……)
はたしてこの怪物にテムジンは勝つことができるのか? その戦いの行方は、ここでは述べませんが、しかしその結末は、これまで描かれてきた彼の向かわんとする理想と――時に青臭いと笑われたそれがあったからこそのものであった、ということは間違いありません。
かくて大きな一歩を踏み出したテムジン。しかしここで物語は一旦その視点を変え、この先彼の前に立ち塞がるであろうもう一人の男の姿を描くことになります。その男とはほかでもない、源義経――以前、第1巻のラストに姿を見せたあの男が、ついに海を越えたのであります。
平家との合戦に圧勝した末、弁慶や那須与一らわずかな手勢を率いて海を越え、高麗の海岸に上陸した義経。一路首都・開京に向かった彼は、大胆にも高麗王・明宗との対面を望み、王宮に乗り込むことになります。(ここで宮廷の臣たちが、実質日本の覇者である源家の人間の出現に、対応に苦慮する姿が妙にリアルでおかしい)
けしかけられた猛虎をも従え、平然と明宗の前に立つ義経が、王に要求したものとは……
というわけで、ついに大陸に第一歩を記した源義経(高麗読み(?)でゲンギスカン!)。「征服すれど統治せず」というはた迷惑な信念を持ったバトルマニア――ただひたすらに戦いと勝利のみを求めるという、ある意味当時の武士の権化として、本作の義経は描かれることになります。
しかし恐ろしいのは、彼にもまた、異星の美女が付き従っていることであります。その名は静――いうまでもあの静ですが、しかし本作の彼女は、同族であろうフェンリルが理知的なのに対してあくまで享楽的であり、かつ人の命を何とも思わぬ一種の怪物なのであります。
もっとも、義経も彼女に操られているわけではなく、当時の高麗の状況を分析して巧みに利用したり、わずかな知識からこの地球の円周を計算したりと、彼独自のクレバーさも併せ持っているのがまたユニークなのですが……
なにはともあれ、そんな静が、この義経と組み合わさった時、何が起こるのか――それはテムジンの求めるそれとは似て全く非なるものであることは間違いないでしょう。
はたしてテムジンと義経、どちらが後にチンギスハンと呼ばれることになるのか――いよいよ物語も佳境に入ったというべきでしょうか。
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