平松伸二『大江戸ブラック・エンジェルズ』第1巻 黒い天使、江戸に現る!
かつて昭和・平成と二つの時代にわたり、外道たちを地獄に叩き落としてきた黒い天使が、今度は寛政の江戸に現れることとなりました。タイトルの通り、江戸を舞台としたブラック・エンジェルズ――表の顔は冴えない絵師、裏の顔は外道たちを葬る凄腕の青年・雪士の戦いが始まります。
時は寛政の改革が庶民を苦しめていた頃――今日も今日とて売れない絵を描く浮世絵師の雪士と同じ長屋で、器量良しで評判の少女・お糸は、江戸でも知られた菓子屋・桃福に奉公に出ることになります。
しかし実は桃福の主人は奉公人の美少女を見初めては、次々と毒牙にかけてきた外道。その主人から無残な暴力を振るわれたお糸は川に身を投げ、店に殴り込んだ彼女の父も、自殺に見せかけて殺されるのでした。
桃福の所業を知った雪士は、許せぬ外道を地獄に堕とすために動き出し……
1981年から1985年まで「週刊少年ジャンプ」に連載された、現代版「必殺」(ただし金は一切受け取らない)ともいうべき『ブラック・エンジェルズ』。法で裁けぬ悪人たちを闇に紛れて殺すという物語自体はシンプルながらも、その容赦ないバイオレンス描写は、当時の読者に強烈な印象を残しました。
その後、1998年に『マーダーライセンス牙&ブラックエンジェルズ』として復活、以後も断続的にスピンオフが描かれ、作者の代名詞といってよい作品となっています。
私は最初の作品の直撃世代ということもあって非常に印象深いシリーズではあるのですが――しかしそれだけに、この黒い天使が、時代劇として登場というのは、さすがに直球過ぎないか、と心配になってしまったのも事実。しかし蓋を開けてみれば、期待を上回る作品になっていたと感じます。
もちろん本作の主人公は、元祖ブラックエンジェルである雪藤洋士を思わせる雪士というキャラクター。普段は眼鏡をかけた気弱な青年ながら、悪人を裁く時は別人のような鋭い眼光で冷徹に処刑を執行する、という点ももちろん同様なのですが――しかし雪藤といえば代名詞の殺し武器は自転車のスポークであります。
さすがに時代劇でそれは無理なわけで、果たして――と思えば、ここで雪士の武器となるのが、唐傘の鋭い骨。なるほど、この手があったか! と思わず感心させられましたが、第一話のクライマックスなどは、この傘を活かした印象的な殺陣となっています。
もっとも自転車と違い、傘は雨の日以外に持ち歩くのはちょっと違和感がありますが(作中でもその辺りは明確に突っ込まれていたり)、第三話以降は傘に拘らない姿を見せることになり、新たなバリエーションが生まれることになります。
何よりも、クライマックスのえらい気合の入った描き文字で描かれる決め台詞は、やり過ぎ感はあるものの、本作に限ってはそれはそれでOKでしょう。
バリエーションといえば、上に述べた第一話に続き、第二話では桃福の悪事に加担していた外道同心の始末とある意味定番の展開を描きつつ、第三話では、不幸な事件がきっかけで殺人淫楽症となった美女を殺すことで救済するという変化球なのが実にいい。
細かい描写でも、煙管の持ち方でキャラの出自を窺わせたり、松平定信(本作では「松平定健」)の「よしの冊子」を使ったりと、小技の使い方も好感が持てます。
さて本家『ブラック・エンジェルズ』は、主人公の孤独な悪党退治からやがて仲間たちの登場、そして関東壊滅を目論む秘密結社の暗殺者とのバトルものと変貌していくことになりますが(関東壊滅後のことは置いておくとして)、本作においても、第四話から、元祖のキャラを思わせる仲間たちが登場することになります。
鷹屋重三郎やハシム、亜里沙――容貌はもちろんのこと、殺し技も昔(?)を思わせるものがあったりとなかなか面白いのですが、特に印象に残るのは鷹屋の存在です。
ネーミングからわかるようにこのキャラクターのモチーフは蔦屋重三郎(ちなみに雪士の筆名は写楽苦!)、彼が登場してからの物語は、寛政の改革による表現規制との対決色が強まっていくのですが、こういう切り口で来たか、と感心させられました。
ちなみに掲載誌の最新号では、『ブラック・エンジェルズ』といえば最近では雪藤よりも目立ちまくっていたあの男(をモチーフにしたキャラ)が登場、これがまたとんでもないネーミングなのですが、果たして如何に物語に絡むのか――懐かしさからだけでなく、興味津々な作品となりました。
しかし直撃世代としては鷹沢神父は絶許なので、鷹屋も今ひとつ信用できないのですが……
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