田中啓文『元禄八犬伝 二 天下の豪商と天下のワル』の解説を担当しました
本日発売の『元禄八犬伝 二 天下の豪商と天下のワル』(田中啓文 集英社文庫)の解説を担当しました。さもしい浪人・網乾左母二郎と小悪党たちが、八犬士とともに巨悪に挑む痛快時代伝奇小説、私も大好きなシリーズの第2弾であります。
時は元禄14年、所は大坂。強請集りをはじめ金のためなら何でもやる網乾左母二郎と悪党仲間の怪盗・鴎尻の並四郎、妖婦・船虫は、ひょんなことから、丶大法師と名乗る壮漢と出会うことになります。いずれも「犬」の字が姓についた八人の侍・八犬士を束ねる丶大。彼は、犬公方こと徳川綱吉の命を受け、行方不明となった綱吉の娘・伏姫を探していたのであります。
もちろん本来であればそんなことは左母二郎には無関係なはずですが、ある事件に絡んだ大金に目が眩み、ヽ大たちに手を貸したのが運の尽き。その後も左母二郎たちは、八犬士絡みの事件に巻き込まれることになります。しかしその背後では、大坂を狙う奇怪な悪霊が蠢き始めていて……
という第一弾『さもしい浪人が行く』は、八犬伝を江戸時代に舞台に移して描く一種のパロディ、それも原典では小悪党にすぎなかった(いや本シリーズでもそうなのですが)左母二郎たちが主人公ということで、八犬伝ファンとして大いに驚き、そして楽しませていただいたのですが――その続編の解説を書かせていただいたのは、実にありがたいお話です。
そもそも昨年最もこのブログで取り上げた時代小説は、作者の作品――『文豪宮本武蔵』、『臆病同心もののけ退治』、『竹林の七探偵』、『信長島の惨劇』、そして『さもしい浪人が行く』だったので、ちょっと不思議な気分でもあります。…
ちなみに今回、ちょっとだけ悩んだのは、本シリーズのモチーフや基本構造については、『さもしい浪人が行く』の末國善己氏の解説や、「青春と読書」二〇二〇年一〇月号の作者ご自身のエッセイでほぼ全て語られていることでした。
そもそも私自身がモチーフとなっている作品とはニアミス(子供の頃過ぎてほとんど覚えていない)だけに、どのようにアプローチしたものか――色々と考えたのですが、この辺りは、私がこのブログでこれまで数多くの「八犬伝」という物語を紹介してきたことを踏まえて、本作の、本シリーズの位置づけを解説してみました。
はたしていかなる内容になりましたか、ぜひお手にとってご覧いただければ幸いです。
と、この『天下の豪商と天下のワル』についてもご紹介しなくてはなりませんね。
本作は前作同様の二話構成ですが、第一話「三人淀屋」は、タイトルの「豪商」、淀屋辰五郎にまつわる物語――淀屋の身代を狙って暗躍する怪しげな坊主たちを向こうに回し、左母二郎が、そして並四郎が大暴れを繰り広げる痛快な活劇。天下の豪商を前にしても、一歩も引かない、左母二郎のワルの矜持に胸がすく一編であります。
そして第二話「仇討ち前の仇討ち」ですが――元禄14年で仇討ちといえばこれ、のあの「物語」と「八犬伝」がクロスオーバー。実は作者にとってもお気に入りのこの題材ですが、本作ではこれまでとはまた異なるアプローチで、少年武士と、今回ちょっと大人な立ち位置の左母二郎たちの交流が描かれることになります。
もちろんどちらのエピソードでも、八犬士が大活躍。どの八犬士もどこか原典の面影を残しつつも、本作ならではのアレンジを施されて、実におかしくも格好良く、小悪党たちと一緒に大暴れを見せてくれるのがたまりません。
そしてもう一つ、本作、いや本シリーズには、時代伝奇ファンには見逃せない仕掛けが用意されています。それが物語の背後で暗躍する、ある怨霊の存在であります。
前作のラストでその名を知った時には、一見意外な取り合わせに仰天したものの、よく考えてみると、なるほどこの物語に、そして左母二郎に絡むには大いに納得のこの怨霊――天下の○○○に天下のワルがいかに挑むか、シリーズの今後も楽しみになるというものです。
というわけで『元禄八犬伝 二 天下の豪商と天下のワル』、解説者である以前に一読者として存分に楽しませていただいた作品です。どうぞよろしくお願いいたします!
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