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2021.03.13

河惣益巳『鬼哭』 土方と新選組にまつわる死と生の物語

 河惣益巳というと、まず頭に浮かぶのは現代を舞台とした作品なのですが、歴史物・ファンタジーものも少なからず手がけています。本作もその一つ――新選組の鬼の副長・土方歳三の姿を描いた物語であります。

 武士になるべく浪士組募集に応じ、試衛館の仲間たちとともに京に向かった土方。その途中、本庄宿での芹沢の近藤に対する無礼に憤る土方ですが、その一方で芹沢に花を愛でる風流の心があるのを知るのでした。
 その後、芹沢たちとともに壬生浪士組を立ち上げた土方たちですが、芹沢の乱行ぶりに悩まされるばかり。ついに芹沢暗殺を挙行する土方ですが、その時、彼が知った芹沢の想いとは……

 全二話で構成される本作の、第一話の前半では、この土方と芹沢のエピソードが描かれることになります。内容自体は浪士組から壬生浪士組、新選組に至る流れと芹沢粛清については極めてオーソドックスなのですが、その中で光るのは芹沢の人物像であります。

 土方や沖田が少女漫画的な美形なのに対して、肥満体で太い眉で鼻があぐらをかいた、いかにも憎々しい面構えの芹沢。しかし上で触れたように、本作の芹沢は土方とともに花を愛で、歌を詠もうとする心もある人物であり――そんな彼に、土方も一度は胸襟を開くのです。
 そんな芹沢が何故、あれほどの暴挙を――というその理由自体にはそこまで意外性があるわけではありませんが、しかし新選組にまつわる死と生を描いた物語というべき本作の幕開けに相応しいエピソードと感じます。

 そして第一話の後半で描かれるのは池田屋事件ですが――そこで死と生の境に置かれるのは、言うまでもなく沖田総司。新選組のために鬼となる覚悟を固めた土方を支え続けると決意しながらも、ついに労咳に倒れた総司は、ある意味芹沢のそれに近いものを選ぶことになります。
 こちらの展開は、これはまさしく本作のオリジナルで、心中一歩手前まで突き進む沖田と土方、二人の魂のぶつかり合いは、ある意味本作のクライマックスとも言えるかもしれません。


 一方、第二話は趣向を変え、ファンタジー的な要素が物語を彩ることになります。

 隊士たちを連れて島原に遊びに来たものの、故あって壬生に帰ることとなった土方と沖田。そこを待ち伏せしていた不逞浪士たちを(実にイキイキと)返り討ちにする二人ですが、沖田が吐血し、そこを通りかかった美女の手当を受けることになります。
 しかし土方を驚かせたのは彼女の顔――彼女は、以前島原で芹沢とともに桜を愛でた直後に土方の前に現れ、肌を交わした謎めいた妓と瓜二つだったのであります。

 その後、一人で再び女の家を訪れ、激しく愛し合う土方。女性にはモテるものの執着しない彼が、唯一手に入れたい、手放したくないと思いつめた彼女の正体とは……

 新選組のある意味絶頂期に起きた山南の脱走・切腹、屯所の西本願寺移転といった出来事を背景に描かれるこのエピソードは、エロスとファンタジーの色彩も濃厚に、第一話以上に土方の内面に触れた物語であります。
 第一話や、山南に関するエピソードに比べると、この土方と謎の女の物語が異彩を放っているように感じられる方もいるかもしれませんが、しかし新選組の「鬼の副長」の心に最も近づき、引き寄せた者が実は――という展開は、やはり死と生を描く本作に相応しい趣向と感じられます。


 残念ながら本作は全二話、全一巻で完結しているのですが、この先、鬼の副長がその人生を終えるまでに、いかなる死と生に出会ったのか。できることなら、それを描き切って欲しかった――そんなことを感じさせられる物語であります。

(それにしても、大抵ギャグのネタにされる土方の俳句を、ここまで真っ当に扱っている作品は、ちょっと珍しいかもしれません)


『鬼哭』(河惣益巳 白泉社花とゆめコミックス) Amazon

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