三好昌子『うつろがみ 平安幻妖秘抄』 彼岸と此岸、双方に蠢く魑魅魍魎たちの間に
江戸時代を舞台とした幻想色の強い人情ものを中心に発表してきた作者による、初の平安ものです。虚神に憑かれた姫を救うため、魂が彷徨うという魔道山に分け入った元皇族の武人が見たものは――「平安幻妖秘抄」のサブタイトルに相応しい、不可思議で、そして物悲しく温かい物語が描かれます。
文徳帝の第四皇子・惟忠親王として生まれながらも、幼くして父と母を失い、臣籍に下って東北の鎮守府副将軍として戦ってきた源譲。今は検非違使少尉を命じられ、天変地異と争乱が繰り返される都の警備に奔走していた彼は、ある日突然、時の権力者・藤原基経から呼び出されることになります。
そこで基経から、神霊に取り憑かれた姫を元に戻せと命じられた譲。何者かに拐かされ、逃げた末に魔所・魔道山に迷い込んだ姫は、そこで謎の神霊に憑かれたというのですが――その神霊・虚神は、「これただしんのう」の名を告げたというのです。
譲には全く記憶のないことながら、幼い頃に彼が交わしたという、ある約束を果たすことを条件に、姫の魂を探すという虚神。しかし譲の周囲には刺客や陰謀の陰が迫り、混乱の中で、今度は譲が蝦夷から連れ帰った神女・為斗の中に、虚神が入り込んでしまうのでした。
姫の、為斗の魂を救うために、虚神とともに魔道山に向かう譲。迷える魂がさまようという魔道山で、彼は彼岸と此岸の狭間に生きる境界人たちをはじめとする、奇怪な存在と出会うことになります。そして明らかになる、封印されていた記憶。そこには彼と虚神たちとの意外な因縁が眠っていたのでした。
自らの記憶と宿命に向き合った譲は、破滅の危機に瀕した都を救うため、瘴霊と対峙することに……
冒頭に述べたように、江戸時代を舞台に、時に神や霊といった超自然的な存在を交えつつ、人の情を描く作品を中心に発表してきた作者。その中で、架空の元皇族(文徳天皇の第四皇子は史実では惟仁親王(清和天皇))を主人公に据え、平安時代を舞台とした本作は、異彩を放つように感じられます。
しかしその第一印象はまず置いておくとしても、本作はよくできた平安ものという印象があります。
本作の縦糸と横糸になっているのは、平安ものといった時に連想される二つの要素――奇怪な妖たちの跳梁と、宮中を舞台とする権謀術数の世界。本作はそのどちらが欠けても成立しない物語であり――主人公たる譲は、そのどちらからも距離を取ろうとしつつも、まさにその交錯する中央に迷い込む姿が描かれることになります。
(特に物語後半、魔所と妖人だらけの魔道山巡りのくだりの幻想性が素晴らしい)
そこで彼が目にするものは、いわば彼岸と此岸、双方に蠢く魑魅魍魎たち。己の権威権力のためであれば、それこそ譲や彼の母といった他者を蹴落として恥じぬ藤原氏と、命の重さも知らず己の気の赴くまま、嬉々として人の命を奪ってみせる虚神と――その双方に、譲は一種の局外者として対することになります。
そんな一見巻き込まれ型の彼は、人物関係が複雑に入り組んだ本作において、一見、俯瞰的役割を果たしているように見えるのですが――しかしそれで終わらないのが、本作の巧みな点でしょう。
物語が展開していくにつれ、譲の過去――藤原氏との因縁、虚神との関わり――が彼の心に蘇った時に明らかになる、実は彼こそが物語の中心人物であったという事実。それは、これまで彼の目に映っていた物語の像を鮮やかに変化させていくと同時に、彼が決して孤独な存在ではなかったことを示すことになります。
そしてその先にあるものは、美しい一つの赦しと救いなのであります。
これまで、深い孤独と屈託を抱えた男女が、怪異や謎を通じてその想いを露わにし、救われていく姿を描いてきた作者。その点から考えれば、本作もまた、まさしく作者の作品であると感じられます。
(もっとも本作の場合、主人公が架空の人物であるからこその結末とも感じられるのですが……)
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