楠桂『鬼切丸伝』第13巻 炎と燃える鬼と人の想い
神器名剣・鬼切丸を手に、様々な時代で鬼を斬る少年の物語『鬼切丸伝』の最新巻は、江戸の大火特集。江戸で繰り返された大火を背景に、前巻ラストで鬼から神霊に変化した信長と、鬼切丸の少年の最後の戦いが繰り広げられます。
己への想いから鬼と化した森蘭丸を眼前で失った末に、本能寺の炎の中で鬼と変じ、以降様々な形で鬼切丸の少年と死闘を繰り広げてきた鬼信長。首だけとなった鬼信長は、誕生したばかりの幕府のお膝下の江戸に次々と炎を放った末、彼を神と信じて一心に崇める少女の祈りによって神霊と変じて姿を消すことになって……
と、鬼と化して悪行の限りを尽くした信長が、限りなく祟り神に近いとはいえ、神霊と化すという皮肉な展開を受けて始まるこの巻では、江戸を炎に包んだ三つの大火が描かれることとなります。
冒頭の「明暦鬼大火」は、いわゆる振袖火事の伝説をベースとしたエピソードであります。
本郷の本妙寺の帰りに美しい寺小姓と出会い、恋い焦がれた末に亡くなった娘・梅乃の形見の振袖。その後その振袖を手にした二人の娘はいずれも命を落とし、そのたびに本妙寺に振袖が形見となって持ち込まれ――ついに三度目には焼いて供養されようとした振袖は、宙に舞い上がって寺を焼き、そこから明暦の大火が始まった……
そんな怪談めいた伝説を、紛う方なき怪談として描く本作。振袖の祟りにあったかのように奇怪な死を遂げる三人の娘は、いずれの死に方も強烈で、作者が元々ホラーの名手であった(いや本作も本作の前身たる『鬼切丸』も元よりホラーなのですが)ことを再確認させられます。
また、全てのきっかけとなった寺小姓が、実は鬼切丸の少年だったという皮肉さも面白いのですが、そこに鬼信長を絡めなくとも十分面白かったのではないかな、と感じなくもありません。もっとも、このエピソードのラストから、次に繋がっていくのですが……
その次の「天和鬼大火」は、明暦の大火の中で、何かに守られたかのように無傷で生まれ落ちた青年・成利を主人公とした物語であります。
長じて臥煙となった後も、あたかも火の神の加護を受けたかのように火傷一つ負わず、火事場で活躍する成利。一躍江戸のヒーローとなった彼は、炎の中で信長と名乗る一本角の鬼と出会い、不思議な懐かしさを感じるのですが――そんな彼の前に現れた鬼切丸の少年は、信長の加護は災厄にしかならぬと告げ、ある真実を語ることに……
「成利」が誰の名であったか、そして信長が鬼となった経緯をしれば、自ずと趣向は知れるこのエピソード。鬼信長の物語の最終章が、天和の大火というのははたして相応しいのか、という印象は正直なところあるのですが、しかし、人は憎しみや恨みだけでなく、愛情や執着によっても鬼と化す――本作の中でこれまで幾度となく描かれてきたそのテーゼを踏まえた展開は悪くありません。
何よりも、もはや少年では斬れぬ存在となった信長が――というラストの展開、そしてその信長に対する成利の想いとそれに対する信長の答えは印象的で、炎の中から始まった鬼信長の物語の結末としては、やはりこれで正しいのかもしれません。
もう一話、ラストの「八百屋お七鬼奇譚」は、タイトル通りの八百屋お七伝説を題材とした物語であります。
天和の大火で焼け出された少女・お七が、駒込円乗寺で寺小姓の吉三郎と出会い――というお馴染みの物語は、お七と吉三郎が絵に描いたような美男美女であるだけに、一層哀れを誘います。
しかしその先、吉三郎の前に現れたお七の姿はあまりに強烈(ちなみにここで、明暦の大火同様、鬼切丸の少年の行動が却って鬼出現の呼び水となっているのがまた皮肉)の一言。しかしそれだからこそ、結末の展開が胸を打つことになります。
その後の成利の姿も描かれ、この巻の締めくくりに相応しい内容となったこのエピソード。時系列的には現時点で最も後のエピソードとなりますが、人間嫌いの鬼切丸の少年の心をわずかなりとも動かした結末は、あるいは後の彼の姿に影響を与えるのかもしれません。
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