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2021.04.13

鳴神響一『おんな与力 花房英之介 一』 奇想天外、おんな与力颯爽の登場

 最近は警察小説等、現代を舞台とした作品での活躍が目立つ作者ですが、もちろん時代ものも健在です。「おいらん若君」の次は「おんな与力」――故あって亡き双子の兄に代わり北町奉行所の与力に身をやつした主人公「花房英之介」の活躍が始まります。

 亡き父の後を継ぎ、北町奉行所の番方与力として活躍する花房英之介は、頭脳明晰で剣の達人、そして町を歩けば女性たちから黄色い声援が飛ぶ美貌の青年。しかしそんな英之介には、とてつもない秘密がありました。
 それは「彼」が実は「彼女」――英之介の双子の妹・花房志乃であること。五年前に兄が事故死した際、志乃はお家存続のため自ら父に願い出て、死んだのは自分ということにすると、以来英之介として生きてきたのです。

 そんな中、初の出役で娘たちを拐かしている一味の根城に踏み込んだ英之介。しかしそこで待ち受けていたのは、凄まじい剣を操る四人の浪人――そして英之介らに捕らえられそうになった彼らは、全員自決して果ててしまったのであります。
 ただの浪人とは思えぬ彼らの行動に不審を抱いた英之介は、奉行からも引き続き事件を追うよう命を受けるのですが――その矢先、英之介は店の金を失った腹いせに長屋に火を付けたという男・鶴吉の存在を知ることになります。

 思わぬ味方の存在を得て、鶴吉の無実を晴らすため隠密に探索を始める英之介。しかし手掛かりを掴んだのも束の間、思わぬ制度の壁に阻まれ、苦闘を強いられることになります。さらに彼の周囲で、思いもよらぬ事件が発生して……


 『おいらん若君徳川竜之進』全5巻に続き、双葉文庫でスタートした本作。尾張徳川家の御落胤が吉原で太夫を張っているという前作にも驚かされましたが、本作は北町奉行所の与力が実は男装した女性という、ある意味それ以上に奇想天外な物語であります。
 何しろ町奉行所の与力といえば、いわば歴とした警察官僚。その与力が実は女性だったとなったら、お家断絶では済まない一大スキャンダルであります(作中でも与力ではないにせよ、実際に性別を偽って問題となった事例が紹介されています)。

 この不可能事に対して、本作は真正面から様々な描写を積み重ねることによって挑戦することになります。もちろんそれはエンターテイメントの枠内だからこそ許されるものであるでしょう。そして「英之介」の企てには色々と危なっかしさもあるのですが――しかし本作はむしろその点を面白さに変えていると感じられます。
 例えば同心は朝、女湯に入っていたという時代ものではお馴染みの史実が、英之介にとっては思わぬ窮地に繋がるという展開など、本作ならではのユニークなアイディアといえるでしょう
(しかもそれを言い出すのが同心株を買った元陰間の部下(ちょっと無茶かもしれませんが)というのもややこしくて面白い)


 そして本作をさらに面白くしているのが、一種の警察小説的な味付けであります。

 もちろん時代小説の奉行所ものというサブジャンル自体、警察小説・刑事小説の時代劇版という趣が強いのですが――本作では、主人公を同心ではなくいわばキャリア官僚である与力に設定することで、より組織内での縦横の関係性・軋轢に晒されやすい設定としているのが、英之介自身のややこしい立場と相まって、印象に残ります。
 さらに面白いのは、そこにさらに組織外、すなわち火付盗賊改との一種の所轄争いも絡んでくる点なのですが――そんなライバルである火盗改側に、英之介の幼馴染で今も親友である熱田雄之進がいるという人物配置もまた、実に巧みといえるでしょう。
(そして志乃が雄之進を内心気にしていたり、雄之進の妹が「英之介」を慕っていたりと、ある意味お約束の関係もまた楽しい)

 冒頭に述べたように、最近は警察小説での活躍が印象的な作者ですが、そのフィードバックが本作に生かされている感じられます。


 と、設定のインパクトだけではない魅力の本作ですが、一つ気になったのは、クリフハンガー的に物語の謎が全て第2巻に持ち越しになっている点でしょうか。
 そのため、本作だけ見ると、英之介がスッキリと活躍していない印象があるのですが――その辺りは二ヶ月連続刊行の第2巻に持ち越しなのでしょう。

 少なくともこの続きが大いに気になってしまうことは間違いない本作。続巻での英之介の大活躍に期待したいと思います。


『おんな与力 花房英之介 一』(鳴神響一 双葉文庫) Amazon

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