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2021.05.13

鳴神響一『おんな与力 花房英之介 二』 男性と女性、公と私――二つの軸から生まれる幾重もの変化

 亡き兄に代わり、北町奉行所の与力として生きる「花房英之介」の活躍を描くシリーズ第2弾であります。築地上柳原町で連続する事件を追うものの、苦闘を強いられる英之介。さらに無二の親友が同輩殺しの罪で捕らえられ、彼の無実を晴らすために奔走することになるのですが……

 五年前に事故死した双子の兄・英之介に代わり、お家存続のために女を捨て、兄に成り代わった志乃。苦心の末に男になりきり、父の後を継いで北町奉行所の番方与力となった英之介は、曰くありげな浪人たちによる町娘の拐かし事件の背後を探ることになります。

 そんな中、上柳原町の長屋に火付けした廉で捕らえられた男の存在を知った英之介は、その近くの大店で残忍な押込みがあったことを知ります。
 亡き父に恩義を受け「英之介」を助けるよう頼まれたという幇間の茶ら平と船宿の女将・ユキの助けを得て密かに一連の事件を探るも、なかなか決定的な証拠を掴めない英之介。さらに幼馴染であり、今は火付盗賊改を務める熱田雄之進が、同役を斬って捕らえられたという知らせが入り……

 と、事件と謎の連続のまま、クリフハンガーで終わった第1作に続く本作。
 浪人にしては秩序だった動きを見せる下手人たちによる娘の拐かし、容疑者に当日アリバイがあったにもかかわらず犯人に仕立て上げられた火付け、子供に至るまで一家皆殺しにするという残忍な押込み、そして雄之進の同輩殺し――一つでも厄介な謎の数々に、英之介は挑むことになります。

 その助けになるのは、何やら訳ありの幇間・茶ら平と女将のユキ。町方では聞き出せない情報でも、見目麗しい女性としてなら――と、二人の助けで英之介は辰巳芸者の花吉に扮して、情報収集に当たることになります。
 その一方では、火盗改の腐敗の証拠を追い、男として吉原の浮雲花魁を訪ねた末に、思わぬ事態となって――と、本作では英之介は、男と女、二つの顔を使い分けて事件に挑むのであります。


 思えば、昔懐かしい女性主人公の時代活劇においては、場面毎にそれぞれ異なる姿に扮して活躍する七変化シーンは定番の趣向でした。一見本作もそれと同様の趣向に思えますが、しかし本作は、そもそも主人公が女性であることを捨てることによって始まる物語であります。

 自身が女性を捨て、男性に変化することによって悪と戦う力を手に入れた(もっとも、実際に女性を捨てたのはお家存続のためなのですが)英之介が、捜査上の行き詰まりを、女性に変化することで打開していく――そんないささかややこしい構造は本作には存在します。
 さらに実は本作のクライマックスにおいては、英之介は第三の姿と名前を手に入れて活躍することになります。そしてこの変化によって英之介は、町奉行所の役人という公の立場では行使できない力――一種自警団的な力を手にすることになるのです。

 すなわち、男性と女性、公と私――二つの軸から生まれる幾重もの変化が、そしてそこから生まれるダイナミズムこそが、本シリーズのユニークな点であり、魅力というべきものと感じます。
 そしてそこにあるのは、昔ながらの七変化とは似て非なる、一種現代的な変化の在り方というべきものなのでしょう。


 ただし、本作のみを見た限りでは、英之介の男の部分、公の部分の出番が(特に後者について)かなり少ないというのも事実であります。
 確かにこの変化は英之介にしかない、英之介しか出来ない力の使い方ではあるのですが――あまり女性の部分、私的な部分が力を持ってくると、そもそも男装しているという必要性が揺らいで来るのではないか、という印象は否めません。

 もっとも、先に述べたように、英之介が女性を捨てたのはお家存続のためである、という設定上のエクスキューズはあるために、英之介は英之介で在り続ける必要は確かにあります。しかしこの先、二つの軸の間で英之介が決断を迫られるようなことがあれば、面白いかもしれません。

 ――と、何だか評価を先走ってしまいましたが、この第2巻までは紹介篇という印象もある本シリーズ。この先で何が描かれるのか、どこに向かうのか、見届けたいと思います。


『おんな与力 花房英之介 二』(鳴神響一 双葉文庫) Amazon

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