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2021.05.24

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第8話「陰謀詭計」

 嘲風より西幽皇軍を預けられて無界閣に現れた婁震戒らに対し、七殺天凌が既に手元にあることを伏せる刑亥。一方、凜雪鴉から照君臨復活の企てを聞かされた萬軍破は、禍世冥蝗に刑亥との決別を訴えるが、魔剣目録が優先と一蹴される。そして全てを知らされた殤不患は、危険を承知で無界閣へ向かう……

 物語も後半に入り、全ての勢力の代表者が無界閣に集まることとなる今回。まず無界閣に乗り込んできたのは、前回嘲風から西幽皇軍を預けられた婁震戒ですが――そこで彼を出迎えた中にシレッと混じっていたのが凜雪鴉ですからさあ大変。自分と姫の仲を裂いた張本人の一人と激昂し、完全に殺す勢いで襲いかかる婁震戒ですが――それを文字通り涼しい顔して風のように躱してみせる凜雪鴉はやはり最強クラスの遣い手なのでしょう。
 結局萬軍破が割って入り、何とか収まった婁震戒は、殤不患の手に七殺天凌があると思い込んだまま、無界閣探索の命を皇軍に下します。……が、もちろん収まらないのは皇軍の皆さん。なんか目つきと言動の胡乱な奴に指揮されるだけでなく、その場には宿敵である神蝗盟の連中がいて、共同作戦に当たれというのですから。まさか当の本人が神蝗盟の幹部とも知らず、萬軍破に不平を漏らす兵たちですが、それをどこかで聞いたような声の兵が説得、その場を収めます。

 もちろんこれは凜雪鴉、まだまだ利用価値のある萬軍破のフォローに入ったということなのでしょうが、ここでシレッと刑亥が七殺天凌を持っていること、そして七殺天凌から照君臨を復活させようとしていることを語り、離間の計に持っていくのはさすがというべきか、萬軍破のチョロさというべきか。
 一方、先程は場の空気から、というか婁震戒の剣幕から自分が七殺天凌を持っていることを伏せた刑亥は、戻って七殺天凌に婁震戒のことを語るのですが――それまでいかにも姐御然にふんぞり返っていた(ようにしか見えない)七殺天凌が、婁震戒の名を聞いた途端にギクリとして目をそらした(ようにしか見えない)のが今回のハイライトでしょう。色々と取り繕っているようですが、ストーカー元彼に見つかってしまった感が溢れる彼女の姿には同情いたします。

 しかし言われてみれば刑亥に拾われた時の七殺天凌はフラフラ、一方死にかけだった婁震戒はフラフラながら一命を取り留めていたのは不思議な話で、刑亥の言ったように、口では何だかんだいいつつも七殺天凌ったら婁震戒のことを――と思わなくもありませんが、それを口に出した刑亥は七殺天凌に滅茶苦茶睨まれた(ようにしか見えない)ので今は置いておきましょう。何はともあれ、色々面倒なので七殺天凌の存在は婁震戒には伏せておくことなりましたが、たぶんこれは後々災いの種になるのでしょう。前回ラストに何事かに気づいたらしい阿爾貝盧法の協力で、無界閣パワーアップの目処は立ったようではありますが……

 その一方で、まさにその企てを凜雪鴉から聞いた萬軍破は、かつて照君臨が西幽に齎した災厄を考えれば真っ先に討つべし、と禍世冥蝗に言上したものの、あっさりと却下されることになります。むしろ照君臨を倒しに殤不患が現れたところを、後ろから襲って魔剣目録を奪い取れ、照君臨は無視せよと強く命じられ、中間管理職としての悲哀をいやというほど感じさせることになります。
 そして前回魔界に飛ばされた殤不患と浪巫謠のもとにねんどろいど通信で現在の状況を報告する凜雪鴉。いまや殤不患にとっては虎口と化した無界閣ですが、それでも照君臨が復活し、この世に災いを齎すとあらば、座視しているわけにはいきません。まさに禍世冥蝗の思う壺であろうとも、敢えて行く――それこそが好漢の心意気なのですから。


 今回は凜雪鴉と婁震戒の小競り合いを除けばアクションなしという回ですが、冒頭に触れたように、殤不患たち・婁震戒・神蝗盟・西幽皇軍・魔界と全ての勢力が無界閣に集結し、いよいよ物語がクライマックスに向かって突き進み始めたという感があります。

 その中でも特に印象に残るのは、やはり萬軍破でしょう。凜雪鴉に手玉に取られ、嘲風の命で婁震戒を背負い込まされ、禍世冥蝗には頭ごなしに命じられ――とにかく不幸を一身に背負ったような扱いですが、その大部分は、彼が組織に、言い換えれば権力に属していることに由来するように感じられます。
 江湖の豪傑を主人公とする武侠ものにおいて、軍や警察という公権力に属するキャラクターは主人公の敵方で、好漢の風上にも置けない奴という扱いをされることが多いのですが、むしろ心の中の義侠心を組織の力学の前では殺さなければならない故に、好漢としての素質を持つ人間は、組織に属してはならないのだな、と得心いたしました。

 そしてそれは裏を返せば、武侠ものを武侠もの足らしめているものが何であるか、ということを示すものでもあります。本作が、武侠ものに深い理解を持つ原作者ならではの作品と再確認した次第です。


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