« 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第12話「烈士再起」 | トップページ | 青木朋『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第3巻 金と宋の関係、宋の中の事情 »

2021.06.21

鮫島圓『竜王の娘 中国幻想選』 唐代から現代に繋がるボーイミーツガール

 中国怪異譚を巧みにアレンジして人気を博した短編集『蓬莱トリビュート』(鮫島円人名義)の実質的続編というべき作品集であります。唐代の伝奇小説『柳毅伝』を題材とした表題作をはじめとして、全五編+αの奇妙でユーモラスな、そしてどこか心温まる物語で構成されています。

 科挙に落ちて故郷に帰る途中、貧しい身なりながら美しい女性・靈珠と出会った青年・柳毅。柳毅は、洞庭湖の竜王の娘であり、涇水の竜王の王子に嫁いだものの、邪険に扱われた末に囚われの身であると語る彼女の言葉に、大いに同情するのでした。
 両親を思って泣く靈珠の姿に勇気を奮い起こし、彼女の手紙を洞庭湖の竜王の元に届けると誓った柳毅。紆余曲折の末に竜王のもとにたどり着いた柳毅ですが、事態が竜王の弟で封印されていた竜・銭塘に伝わったことで、思いもよらぬ大騒動に繋がることに……

 唐の時代、隴西出身の李朝威なる人物が著したという『柳毅伝』。今は田中貢太郎の翻案を手軽に読むことができますが、本作『竜王の娘』は、この原典に巧みにアレンジを加えて、中編漫画化しています。

 その最たるものが、原典では豪放磊落な男であった柳毅を、平凡ながら心の中に勇気と正義感と持った若者として描き、そんな彼と靈珠のボーイミーツガールの物語として原典を再構成した点でしょう。
 印象的な部分(竜王と銭塘のやり取りなど)は、驚くほど原典を踏まえつつも、しかしそこに少しずつアレンジを加えていくことにより、本作は、原典とはまた印象の異なる物語として成立させているのです。

 原典では、手紙を届けたほかは、実はほとんど傍観者の役割に留まっている柳毅。しかし本作においては――決して人としての域は超えないものの――彼が靈珠への想いから、自分自身の決断としてある行動を取り、それが靈珠の彼への想いと、そして何よりも読者の彼への共感を強めることになります。
 特にある意味物語のクライマックスである銭塘と柳毅のやり取りは、結論としては原典通りではあるものの、柳毅の言葉のその理由、そしてその内容は全く異なる――そして「人」として実に正しいものであり、大きな感動を呼ぶのです。

 もちろん、『蓬莱トリビュート』でも大いに評価が高かったその絵柄と描写力はここでも健在です。
 その美しさに目を吸い寄せられる表紙の靈珠の存在感や、作中での銭塘の暴れっぷりの凄まじさ、はたまたキャラクターたちのコミカルなやりとりなど――緩急自在の絵柄は、上で述べた柳毅の描写と相まって、見事に「今の」物語として、千二百年以上前に記された物語を生まれ変わらせているといえるでしょう。

 もちろん単品でも優れた作品ですが、ぜひ原典と比べていただいて、その素晴らしさを知っていただきたいと思います。


 一方、残る四つの短編は、いずれも唐の段成式の随筆であり、『蓬莱トリビュート』でも題材となっていた『酉陽雑俎』からの作品であります。
 山で手にした可愛らしい葉が思わぬ変化を遂げる「龍を拾った話」
 旅人と象狩りの会話で綴られる「象捕り」
 獺を飼う百姓の物語(ラストの周囲のリアクションに共感)「獺を飼う男」
 鷹を慣らす新米鷹使いと鷹の交流を描く「鷹使い」
 これらの作品の方が、むしろ『蓬莱トリビュート』に近い内容なのですが、短編の分、さらにアレンジの巧みさが光るように感じられます。

 実のところ「龍を拾った話」と「獺を飼う男」はほぼ原話通りである一方で、驚かされるのは残り二話であります。
 「象捕り」は、象捕りの男が語る象の生態の数々がメインなのですが、実はその内容が原典に記された内容。しかしそれが現代の我々から見ると実に荒唐無稽で、山海経の幻獣たちとほとんど同列の存在に見えるのですが――それを逆手に取って、新たなファンタジーを生み出しているのに圧倒されます。

 一方「鷹使い」は、原典に記された熬鷹なる訓練過程を中心に物語として再構成しているのですが、ここで描かれる鷹のビジュアルに、こう来たか、と驚かされます。
 もちろんこれは現実のものではないのですが、しかし若き鷹使いの目にはこう映っているのであり――そしてそれによって本作は、人と鳥との美しい交感の物語として、見事に成立しているのであります。


 以上五編に加えて、電子版では特典として「紀聞」のエピソードを原典とする冬山の怪異譚「土地神」を収録した本書。まだまだ題材はほとんど無尽蔵にあるだけに、是非ともさらなる中国幻想譚を読みたいものです。


『竜王の娘 中国幻想選』(鮫島圓 双葉社アクションコミックス) Amazon


関連記事
鮫島円人『蓬莱トリビュート 中国怪奇幻想選』 人間と人間以外が織りなす「人間」ドラマ

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

|

« 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀3』 第12話「烈士再起」 | トップページ | 青木朋『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第3巻 金と宋の関係、宋の中の事情 »