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2021.06.10

霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは梅香に酔う』 兎月とツクヨミの函館の冬

 箱館戦争で命を落とした武士・兎月が函館山の神社の神様・ツクヨミの用心棒として甦り、函館の人々のために奮闘する『神様の用心棒』第三弾であります。厳しい函館の冬、街で暮らす兎月とツクヨミ。しかしそんな中でも、彼らの周囲では次々と事件が起きて……

 土方歳三の下で箱館戦争を戦い、そして命を落とした青年武士・海藤一条之介。死の間際に来世は兎になりたいと願った彼は、函館に勧請された宇佐伎神社の祭神・ツクヨミの力で十年後に復活し、兎月と名乗って神社の用心棒として働くことになります。
 まだ力弱いツクヨミに代わり、函館山から降りてくる悪しき魂・怪ノモノと戦う兎月。そんな中、ドルイドの巫の力を持つ貿易商パーシバル、菓子屋の未亡人・お葉、地廻りの親分・大五郎らをはじめとする街の人々と知り合った兎月は、彼らのためにも様々な事件に挑むことに……

 そんな短編連作シリーズの第三弾である本書では、厳しい冬の間、バーシバルの屋敷に居候することになった兎月とツクヨミが出会う事件四編が描かれることになります。

 冒頭の「五稜郭の夢」は、ある日、五稜郭の戦いの最中に眼前で命を落とした仲間たちの夢を見た兎月が、これまで蓋をしていた想いを断ち切るため、一人五稜郭へ向かったことから始まる物語です。
 既に往事の面影はなく、いまは庶民が堀から氷を切り出して売っているという五稜郭。しかしそこで兎月は、かつての仲間たちと再会することに……

 冒頭に述べたように、箱館戦争で命を落としながらも奇縁で復活し、第二の生を送ることとなった兎月。本作では、そんな特異な設定を持つ兎月――というより海藤一条之介ならではの内面を描くことになります。
 しかしその先に待つものは――苦い物語ではありますが、しかし現在の兎月としての生の意味を感じさせる物語です。(そしてあの人の出番も、今回は控えめなのが却って効果的と感じます)


 一方、ある意味本書の中で最も強烈なインパクトを残すのが二話目の「白魔の牙」であります。節分の日、用事があって大五郎のところの若い衆とともに函館郊外の村を訪れた兎月とツクヨミ。しかし帰りに吹雪に遭った兎月たちは、途中で見つけた屋敷に駆け込むのでした。
 そこで彼らが見つけたのは、筵にくるまれた男の斬殺死体。ここが共同体の遺体を安置する場所だったと悟ったのも束の間、外から屋敷に、死んだ男の妻を名乗る女が訪れます。ところがいつの間にか消えている男の死体。女は夫の遺体が「カジリ」になったと怯えるのですが……

 という、固有名詞を見ただけでも怖くなる本作ですが、この先展開するのはまさかの閉鎖空間モンスターホラー。孤立した空間に怪物と閉じ込められるというのは、ホラーでは定番のパターンではありますが、しかしそれを本作で描くというのは、思わぬ不意打ちであります。
 この先も二転三転、思わぬ展開が連続する本作。設定的にほのぼのしたものを想像させながら、意外にシビアな物語も少なくない本シリーズならではの、ホラー好きにはたまらないエピソードです。


 その他本書には、大五郎の恋の顛末とパーシバルが手に入れた曰く付きの面にまつわる怪事が並行して描かれる「恋、ふたつ」、パーシバル同様の力を持つ彼女の姪が、函館を訪れた曲馬団で起こす騒動を描く「ヨコハマから来た、小さなレディ」と、バラエティに富んだ物語が収録されています。
(特に後者は、レギュラー化して欲しいキャラが何人も登場するのが楽しい)

 既にシリーズとしての安定感は確かなものとなっている上に、今後の火種になりそうな展開もあり、早くもこの先が楽しみになってしまう一冊です。

『神様の用心棒 うさぎは梅香に酔う』(霜月りつ マイナビ出版ファン文庫) Amazon


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