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2021.06.17

清水朔『奇譚蒐集録 弔い少女の鎮魂歌』 驚愕の民俗伝奇ミステリ!? 葬送儀礼の陰の人と鬼

 民俗学+ミステリ(そして伝奇)の新星として話題を集める『奇譚蒐集録』シリーズの第一弾であります。大正初期、黄泉がえり伝承と奇怪な葬送儀礼が伝わる南洋の孤島を訪れた帝大講師と書生が挑むのは、過酷な葬礼を担う御骨子の少女たちにまつわる謎。そしてその背後にある残酷な真実とは……

 大正二年、琉球本島からさらに船で二日半の孤島・恵島を訪れた帝大講師・南辺田廣章と書生の山内真汐。薩摩の伯爵家の四男坊である廣章は、自分の道楽である奇譚蒐集――それも鬼にまつわる伝承を集めるため、真汐をお供にはるばるこの孤島を訪れたのであります。

 かつて島で死から黄泉がえり、幾多の人々を虐殺したという鬼、「青の化け物」。以来この島では、黄泉がえりを防ぐためにある特殊な葬送儀礼が行われ、その過酷な作業を御骨子(ミクチヌグヮ)と呼ばれる少女たちが担っていたのでした。
 その一人であるアザカと知り合った真汐は、彼女を除く御骨子たちにはみな手足に青い痣が現れ、そして十八歳になると忽然と姿を消してしまうことを知ることになります。

 果たして御骨子たちを襲う呪いの正体は何なのか。そしてかって島を襲った青の化け物は実在するのか。その謎を追う廣章と真汐は、やがてある真実を突き止めるのですが、しかし……


 様々な伝承や儀礼を題材として、あるいは背景として扱った、「民俗的」「民俗学的」要素を持つフィクションというのは、エンターテイメントのサブジャンルとして、根強い人気を持ち続けています。本作はその最新の成果の一つ――日本ファンタジーノベル大賞2017の最終候補作『御骨奇譚』(淤可見明名義)を改題・改稿した作品であります。
 舞台となるのは沖縄本島からさらに離れた孤島、そして題材となるのは葬送儀礼という、私を含めほとんどの読者にとっては二重に縁遠い題材ですが、しかしそれが本作においてはむしろプラスに働き、非常に独特の世界観を生み出すことに成功していると感じます。

 まず何よりも圧倒されるのは、葬送儀礼の内容とその描写であります。冒頭の後御骨(アトミクチ)、すなわち洗骨の場面からして涙目なのですが、儀礼のメインというべき抜き御骨(ヌジミクチ)たるや、もう……
 しかしそれが鬼面人を驚かす体の扱いで終わらないのが本作の本作たるゆえんであります。そう、この凄惨ともいうべき儀式には、それが生まれ、行われ続けるだけの理由が、ここにはあるのです。

 風習というものは、決して何の理由もなく生まれるものではなく、そして生まれた時から不変のものではありません。本作で描かれる葬送儀礼はおそらくフィクションのものですが、この風習のあり方をきっちりと踏まえて描くからこそのリアリティが、ここにはあります。
 そしてその民俗学的アプローチから儀礼の誕生過程を追うことが、そのままミステリとしての本作の物語展開と重なっていく点は、実に巧みというほかありません。

 こうした物語の姿勢は、この時代の人間としては異例なほど「異文化」に対してフェアであり、理性的な廣章のキャラクターとも重ね合わされるものであります。
 そしてそんな理解者の存在があるからこそ、本作のヒロインであるアザカと御骨子たちの哀しみが、いや増して感じられるのも、また間違いないのであります。


 しかし本作は、終盤において驚くべき真の顔を見せることになります。ここではその詳細は伏せますが、本作はそういう物語だったのか!? という初読時の衝撃は忘れられません(その「顔」がまた、実に好みのものであるだけに……)。
 もちろん、ほとんどジャンルそのものが変わりかねないどんでん返し故に、評価が分かれるかもしれません。しかしそこに至るまでの上記の姿勢があるからこそ、このどんでん返しのインパクトは絶大なのであります。

 何よりもそこからクライマックスの怒涛のの盛り上がりが絶品である上に、その中で描かれる人と鬼の境目――言い換えれば人間性の在り処を巡る物語も印象的で、見たいものを見せていただいた、と感じ入った次第です。

 先に触れたように、人によっては描写的にキツい部分はあります。結末も、受け入れがたい方はあるかもしれません。それでも、唯一無二の大正民俗伝奇ミステリとしての本作の魅力が大きいことは、紛れもない事実であります。
 シリーズ第二弾『北の大地のイコンヌプ』も、近日中にご紹介いたします。


『奇譚蒐集録 弔い少女の鎮魂歌』(清水朔 新潮文庫nex) Amazon

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