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2021.06.01

星野之宣『海帝』第8巻 新たなる航海、新たなる戦い

 NHK『浦沢直樹の漫勉neo』で描かれたその製作風景がファンの間で大きな話題となった(私ももちろん観ました)『海帝』もいよいよ佳境。激動の第一次航海を終え、第二次航海も終えた鄭和は三度旅立つことになりますが、そこに待ち受けていたのは思いもよらぬ戦いの連続。そしてその果てに待つのは……

 第一次航海から帰還し、先帝・建文帝を海外に逃したという行動も、その無二の行動力と存在感と引き換えに、永楽帝から黙認された鄭和。
 永楽帝に代わり、明の威信を海外に示す海の帝――「海帝」というべき立場になった鄭和は、第一次航海で明に伴った諸国の使節たちを送り届けることが目的の第二次航海に出発することになります。

 そしてそこから無事に帰還した鄭和は、またも間を置かずに新たな航海への出発を決意することになります。その理由の一つは、錫蘭に残した永楽帝の余命が、残すところあと数年に過ぎないこと――かくて黒市党を錫蘭に先行させ、鄭和の第三次航海は、まず爪哇を再訪することになるのでした。

 第一次航海では、かの地で原住民と華僑、そして回教徒商人の間の複雑な力関係に巻き込まれ、刺客に襲われたところをある存在に助けられて難を逃れた鄭和ですが――ここに来て驚くべき真実が明らかになります。
 実は第一次航海で鄭和が対面した王は、王を僭称する通称「東の王」であり、正当な王は西の王宮に住まうウィクラマワルダナだったというのです。しかし鄭和が東の王のもとを訪れたことで東西の関係は悪化――今まさに紛争が勃発しようとしていたのでした。

 そしてついに始まった東西の戦いに巻き込まれた鄭和たちの前に、西王宮を守護するという伝説の守護兵「オラン・べサール」が現れるのですが……


 というわけで、新たな航海といっても二周目だし――と油断していたところに描かれる意外すぎる真実。しかし真に驚くべきはその先――オラン・べサールの存在であります。
 第一次航海では、この爪哇で人語を解する、いやテレパシーすら操る「猿神」(この巻において、彼らが「オラン・ペンデク」であることが判明!)と出会った鄭和。だとすれば新たに現れるのは、今でいまでいうオランウータンかな? というこちらの安易な予想は、全く意外な形でひっくり返されることになります。

 思えば「猿神」の存在にも大いに驚かされたものですが、今回はそれとはまたベクトルの異なる驚きというべきでしょうか――これまで考古学を題材にした作品、そして伝奇性の高い作品を描いてきた作者ならではの奇想をここでも堪能させられた次第です。


 そして錫蘭に到着した鄭和ですが、そこで待ち構えていたのは、かつて溜山国(モルディブ)で激烈な艦隊戦を繰り広げた女王ハディージャと結んだアラガクコナーラ王。明に激しい敵意を抱く彼は、王家の至宝「クビライの落日」を餌に、鄭和を待ち受けていたのであります。
 黒市党の急報でそれを知った鄭和は、永楽帝とその娘・沙姫、そして二人の世話のために残した潭太の安否を探るためにも、あえてその罠に乗ることに……

 と、ここで思わぬ仇敵の登場で始まる大激戦。陸上では敵の挟み撃ちが、そして海上からは恐るべき秘密兵器・マホメッタを擁するアラビア艦隊が――という状況で、鄭和が、黒市党が、そして久々に登場し、見違えるほどに成長した潭太も大暴れすることになります。
 この鄭和艦隊と錫蘭王の戦い自体は史実ではあるものの、それを大きく肉付けして、第三次航海の掉尾を飾る激闘として描くのは、これは本作ならではのものであることは間違いありません。

 しかし史実通りに戦いは勝利したものの、その代償は決して小さなものではなかったのですが……


 そしてこの巻のラストでは第四次航海がスタート。蘇門答剌王位を巡る争いに巻き込まれた鄭和は、賊として追われれる元王子・蘇幹剌(スカンダル)と出会い――と、エピソード的には小さいのですが、ここはその後に語られるある考察こそがここでの真骨頂でしょう。
 ほとんど鄭和伝奇考と言いたくなってしまうような融通無碍さには脱帽であります。

 そしてこの始まったばかりの第四次航海が、本作の掉尾を飾る旅になる様子。これまでよりもさらに遠く「西の地」に向かうこの旅で何が起きるのか、そして鄭和がそこで何を見るのか――最終巻である次巻を、しっかり見届けたいと思います。


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