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2021.06.02

逢坂みえこ『Ghostly Japan 小泉八雲怪談集』 「行間」の情緒を描く古くて新しい怪談

 あの誰もが知る小泉八雲の怪談のうち二編を、逢坂みえこが漫画化した作品集であります。用いられる台詞や文章はあくまでも原文に忠実に、そして描かれる画は作者によって大きくイメージを膨らませて描かれた、古くて新しい怪談です。

 小泉八雲ことラフカディオ・ハーンが、日本に伝わる怪談・奇談を記した作品の数々は、我々も子供の頃から広く親しんだと同時に、大人になってから読んでも、その内容の豊かさに驚かされるものであります。
 本書は、そのうちから「耳なし芳一」と「因果ばなし」の二編を漫画化したものです。

 壇ノ浦近くの赤間関の寺で暮らす琵琶の名人・芳一。ある晩、彼のもとに平家物語の壇ノ浦の段を所望する武士が現れ……
 おそらくは小泉八雲の『怪談』の中でも最も知名度が高い物語であろう「耳なし芳一」。本作は、この物語を丹念に、そして冒頭に述べたとおり、台詞や文章は原文に忠実に漫画化した作品であります。

 そのため、ごくオーソドックスな、我々のよく知る物語そのままの内容ではあるのですが――だからこそ、アートの素晴らしさが印象に残ります。
 特に、芳一の弾き語りの場面――芳一が弾き、語る時に、その背後に平家物語の場面がありありと浮かぶ描写は、まさに漫画ならではのものといえるでしょう(本書の表紙に用いられた、壇ノ浦の水中に矢や扇が沈んでいく中に浮かぶ芳一の画のセンスの見事さよ)。

 そしてそれだけでなく、小説でいえば行間に当たる部分、つまり直接は描かれぬものを画で以って描くことによって、物語を補っていくのも巧みというほかありません。
 たとえば冒頭、縁側の芳一の膝に抱かれていた猫が、「武士」の訪れを前に毛を逆立てて逃げていくくだりの呼吸の見事さは、その一例であります。

 しかし――本作で真に打たれるのは、そのラストであります。その後の芳一を語る結末――原作ではわずか数行にあたるその部分の背景として描かれる芳一の行動、特にその時の表情を見れば、この物語が怪奇と恐怖のみならず、鎮魂のそれでもあったことが、強く伝わってくるのです。


 一方、「因果ばなし」は、本書のタイトルのベースとなっていると思しき『霊の日本』(In Ghostly Japan)収録の物語。「耳なし芳一」に比べれば知名度は低いかもしれませんが、しかしこちらも強烈な怪談であります。

 老いて長く病んだ末に死の床にあった大名の正室が、己を気遣う夫に対して最期に望んだもの――それは夫の側室の一人、最も寵愛を集める19歳の雪子を枕頭に招くことでした。
 雪子に対し家中のことや夫のことを申し聞かせた末に、正室は己の愛した庭の八重桜を観たいと告げ、背中におぶって欲しいと願うのですが――雪子がそれに応えた時、豹変した正室が取った行動とは……

 原作は、女性の情念を描く作品が少なくない八雲の作品の中でも、その残酷さと理不尽さ、そして漂う官能性から印象に残る作品であります。
 本作は、「耳なし芳一」同様その原作の持ち味を、画の力で十二分に引き出してみせた作品であります。(特に大名の正室の見せる様々な表情とその変化の描写たるや……)

 しかしこちらもまた、原作の再現だけに留まるものではありません。雪子を襲う悍ましい怪異――それを語るくだりの背景に描かれたもの、それは怪異に襲われる者と怪異と化した者の、不思議な交感とも言うべきものを感じさせる光景であります。
 そしてこの描写があるからこそ、雪子がその後選んだ道が、単に自分自身の救いのみを求めたものではないことが窺われるのであり――それによって本作は、恐怖や悍ましさだけではない、物悲しさや儚さといった感覚を物語に与えているのであります。

 そしてこれも原作では語られていないラストシーンの背景は、本作で描かれた祟る者・祟られる者の不思議な光景を描き出すものとも感じられるのです。


 以上二編、原作を忠実に描きつつ、そこにプラスアルファの――というように見えて、実は原作の根底に元々存在しているであろう――情緒を、画の力で巧みに描いてみせた佳品であります。
 願わくば、この他の八雲の怪談もまた、ぜひこの形式で漫画化していただきたいものです。


『Ghostly Japan 小泉八雲怪談集』(逢坂みえこ ビーグリーまんが王国コミックス) Amazon

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