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2021.06.05

雪乃のりたま『おかげさま』第1巻 非常識人と犬の東海道中のはじまり

 江戸時代のベストセラーであり、現代に至るまで様々な形で親しまれてきた『東海道中膝栗毛』。その世界を何ともユニークな形でアレンジした時代漫画であります。病の喜多さんのためにお伊勢参りに出かけた弥次さん。喜多さんの飼い犬・ハチを道連れに旅する彼の前に現れるのは……

 日本橋の芝居小屋で評判を集める役者・春見屋の喜多次郎に惚れ込んで通い詰めの栃面屋弥次郎兵衛。ところが喜多次郎が体調を崩し、舞台に立てなくなったと知った弥次郎兵衛は、喜多次郎が伊勢について話しているのを耳にして、彼に代わって伊勢参りを決意するのでした。

 そうと決めたら長屋を飛び出して一路東海道を伊勢に向かおうとする弥次郎兵衛ですが、その前に現れたのは、喜多次郎が飼っていた犬のハチ。
 行く先々に現れるハチを、伊勢参りの犬だと有り難がる周囲の人々によって、ハチがお供ではなく、ハチのお供扱いになってしまい、弥次郎兵衛は不満たらたらであります。

 と、そんな彼の前に現れた、喜多次郎そっくりな男。その正体はなんと……


 のらくら者のおっさん・弥次郎兵衛と、陰間上がりの喜多八が、厄落としにお伊勢参りの旅に出た先で繰り広げる珍騒動を描いた『東海道中膝栗毛』。
 十返舎一九によるこの滑稽本は絶大な人気を博し、続編・パロディの出版や歌舞伎・映画など、江戸時代から今に至るまで、様々な形で親しまれている物語であります。

 言うまでもなく本作はその最新のアレンジの一つですが、何といってもユニークなのは、東海道を旅するのが、弥次郎兵衛と喜多八――ではなく、弥次郎兵衛と喜多次郎の飼い犬・ハチであることでしょう。
 犬がお伊勢参りに出かけ、道中の人々がこれを珍重して無事に江戸に帰り着いたという「おかげ犬」は、そのユニークさから幾度もフィクションの題材となっていますが――しかしそれを東海道中膝栗毛に組み合わせるとは驚かされました。

 しかもそれだけではなく、実はこのハチ、なんと――と、ひと粒で二度美味しい(?)設定で、一種の変則的なバディものになっているのも、面白いところであります。


 しかし本作は、そんな弥次喜多(弥次ハチ?)が行く先々で引き起こす騒動のみを描く物語ではありません。
 というのも、彼らの行く先に出没するのが、何とも怪しげな、黒い笠に合羽の五人の男たち。どうやら喜多次郎を追っているらしいこの男たち、仲間内では菊之助や力丸、十三郎と呼び合って――!?

 この名前はもしやと思えばやはりそのとおり。東海道中膝栗毛が歌舞伎とも縁があったことは先に述べましたが、まさか歌舞伎のダークヒーローたちが膝栗毛の世界に登場とは、これはあまりに意外な展開に、こちらとしては大喜びするしかありません。

 はたして彼らが喜多次郎を追っている理由とは何か。喜多次郎と伊勢にはどのような因縁があるのか。伊勢から来て弥次ハチに同行することになったという烏を操る青年・与七の正体とは。そして何よりも、ハチは一体何者なのか……

 というシリアスな謎も満載の本作ですが、主人公の弥次郎兵衛自身は、これは原典ほとんどそのまんま――というよりむしろパワーアップしているのではという抜け具合で、彼の常人ぶり、いや非常識人ぶりが、また物語にアクセントを加えているというべきでしょう。


 唯一残念なのは、掲載ペースがかなりゆったりしている点ですが――伊勢まであまり急ぐのも勿体ないかもしれません。この先の波瀾万丈の珍道中を、腰を据えて待ちたいと思います。


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