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2021.07.06

鈴木ジュリエッタ『トリピタカ・トリニーク』第3巻 彼らが対峙する過去と屈託

 パワフルで真っ直ぐな少女・花果を主人公とする「西遊記」異伝もいよいよ佳境であります。師の肉体に宿った三蔵=李世民の身体を取り戻すため長安に辿り着いた花果たちが見た地獄。そこから人々を救い、長安を取り戻すため、花果と仲間たちは行動を開始するのですが……
(第2巻の重大なネタバレを含みます)

 ある日、花果が敬愛する師・玄奘の肉体を乗っ取った三蔵を名乗る男――実は李世民。自身も何者かに肉体を乗っ取られた三蔵を元に戻すため、花果は旅の途中に出会った冰夷・河伯の兄弟とともに長安に向かいます。
 意外にも一見平穏そのものの長安ですが、しかし宮殿は李世民の肉体を奪った謎の男・首羅が支配する妖魔たちが蠢く魔殿に。そして夜毎長安の人々は妖魔たちに虐殺され、朝になると時間を巻き戻されて復活していたのであります。

 長安最後の夜を幾度となく繰り返すことにより、毎日長安の民百万の魂を集め、それを生贄として人間界と冥界を繋ぐ門を造るという悪魔の所業――これを止め、長安を救うためには、長安に結界を張っている四隅の封印を破壊する必要があります。
 手分けして封印を破壊した四人は
、次いで首羅の秘密が隠されていると思しき宮廷の中心に建てられた鐘楼に向かうのですが――しかしその途中、自分が花果を利用し、切り捨ててしまうことを恐れて、三蔵は花果を置き去りにすることを決断します。そして首羅の不意打ちにより三蔵は他の二人と切り離され、冰夷は深手を負うことに……


 かくて、決戦を前にして切り離されてしまった四人。それぞれに首羅による妨害に直面する四人ですが、しかし直面するのはそれだけではありません。彼らは、己が抱えた劣等感や屈託、過去とも対峙することになるのです。

 たとえば河伯――花果に対しては傲岸に振る舞うものの、普段は才知に優れた兄・冰夷に依存しっぱなしで、挙げ句の果てに妖魔に兄から与えられた化血刀を奪われるなど、彼はこれまであまり良いところがないキャラクターとして描かれてきました。
 突厥出身であり、父が討たれた際に兄の機転で命を救われて以来、兄の判断に頼り切ってきたという過去を持つ河伯。しかしこの戦いの中で兄が深手を負い、彼は初めて兄を守り、自分の判断で戦うことを求められることになるのです。

 一方、三蔵=李世民は、ある意味河伯とは表裏の関係にあります。かつては皇太子である兄(李建成)を敬愛し、互いに志を一つとしながらも、隋末唐初の戦いの中で戦功を上げたために兄に敵視された李世民。その果てに兄に殺されかけた彼は逆に兄を討ち、父をも退けて、皇帝の座に就くことになります。
 そして唐の皇帝として最も効率的な道を突き進むうちに、人としての想いや感情を失っていった李世民。その果てに彼は首羅に身体を奪われることとなったのであります。

 そんな彼らが、この戦いの中で、己と他者の関係性――言い換えれば人としての自分のあり方を見つめ直していく姿は、コミカルな場面の多い本作においても、ハッとさせられるほど重くシリアスで、そして同時に大きく心に残るものであります。

 特に、印象に残るのは、その李世民に人間性を蘇らせるきっかけとなった花果が、それが故に彼女を利用し、傷つけることを恐れる李世民に対して答えた言葉でしょう。
 それは花果が年端もいかぬ少女――幼い彼女のみは、過去や屈託と関係なく、一直線に自分の目的に向かうことができる存在であります――だからこそかえって胸に迫る、ある意味本作のクライマックスというべきものなのであります。
(その一方で、冰夷を救うための河伯の選択は、あまりにも皮肉で、残酷なものというほかないのですが……)


 そしてもう一人――前巻で首羅を討つためにその懐に潜り込んだものの失敗した武官の青年・王仕亥は、首羅の妖術によって子豚の姿に変えられてしまったものの、なおも人の心を持って、自分なりの方法で、花果を助けることになります。

 かくて、三蔵・花果・河伯・王仕亥――何となく見覚えのある顔ぶれなったこの四人。彼らが如何にして首羅と決着をつけるのか、「西遊記」と如何に繋がることとなるのか――物語の結末は次の巻にて。


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