羽生飛鳥『蝶として死す 平家物語推理抄』(その二) 頼盛が解いた謎、求めたもの
平家一門でありながらただ一人壇ノ浦以降も生き残った平頼盛を主人公とした時代ミステリの紹介、今回は後半の3話であります。
「屍実盛」 寿永2年(1183年)
木曾義仲に押され西国に落ちた平家一門に見切りをつけ、京に残った頼盛。ある日、義仲に呼び出された頼盛は、義仲のかつての恩人であり、先日の戦いで討たれた斎藤実盛の屍を特定することを求められるのでした。
しかし戦場から見つかったそれらしき屍は五体、しかも皆首がない――断れば自分の命がないという状況で、屍をなんとか特定すべく頼盛は必死に考えるのですが……
七十数歳という老齢ながら、白髪頭を黒く染めて出陣した末、義仲配下の手塚光盛に討たれたという斎藤実盛。もののふの壮絶な最期には事欠かない平家物語でも、屈指というべきエピソードであります。
首実検の際に髪を染めていたことが明らかになった実盛ですが、ではその首から下は――という発想にも驚かされますが、しかもその首から下の候補が五体も出てくるに至っては、唖然とするほかありません。
そんな本書でも意外性では屈指の本作ですが、しかし依頼主は木曾義仲――その気になれば頼盛など一ひねりにできる相手です。
もちろん頼盛には、第1話で触れたとおり検視の心得があるわけですが、それを活かしてこの八方塞がりの状況を如何に解決するかが、本作の見どころの一つでしょう。
もっとも、比較的あっさりとその「謎」も解けるのですが、しかし本作の真骨頂はその先。ある意味、探偵自身が犯人とも言うべきトリックとその目的には驚かされると同時に、実盛と重ね合わされる、ある人物の存在に粛然とさせられるのです。個人的には本書でもベストの作品です。
「弔千手」 元暦元年(1184年)
頼朝の招きで鎌倉に滞在することになった頼盛。孫娘のように可愛がっていた頼朝の娘・大姫との再会を楽しみにしていた頼盛は、義仲の子で婚約者の義高を父に殺されて以来、彼女が病みついたことを知ります。
しかし頼朝が義高の話をする都度、聞こえているはずがないのに父の前に現れる大姫。怨霊か物の怪の仕業と怯える頼朝ですが……
源平合戦期の数ある悲劇の中でも、一際痛ましい大姫の運命。政略結婚に翻弄されるのはこの時代の女性の常とはいえ、わずか7歳で婚約者の義高を父に殺されるというのは、どれほどの衝撃であったでしょうか。
本作はその大姫を巡る怪談めいた内容の物語。その仕掛け自体はすぐに予想がつくところですが、頼盛が明らかにする、義高を殺そうとした者の、そして守ろうとした者、それぞれの思惑が圧巻でしょう。
特に印象に残るのは後者ですが――そこに共感する頼盛は、かつての復官にあくせくする姿とは異なり、真に自分を苦しめる相手、自分が戦うべき相手を見つけたように感じられます。それは……
「六代秘話」 文治元年(1185年)
平家が壇ノ浦に滅び、滅ぼした義経も頼朝、に追われる頃、京で仏道三昧の頼盛。そこに現れた北条時政を歓待する頼盛ですが、思わぬ疑いをかけられていることを知ります。
平家嫡流でただ一人落ち延びた平維盛の子・六代。その六代を、頼盛が自分の子・為盛と偽って匿っているというその疑い。為盛が討死したという噂と、為盛が年の割に幼すぎることを理由に迫る時政。このままではあらぬ疑いで攻め滅ぼされかねない頼盛は……
ようやく平和が訪れたかに見えた頼盛を襲う思わぬ騒動を描いた最終話。疑心暗鬼とも言いがかりともいうべき時政の疑いですが、権力の座にある人間による、あらぬ疑いほど恐ろしいものはありません。
その窮地を乗り越えるために頼盛が用いたのは、有名なある作品を思わせる手段なのですが――例によって本作においてはさらなる仕掛けが用意されています。
伝説と史実に整合性をつけるその豪腕は勿論のこと、何よりもその中に浮かび上がる、西国武士と東国武士の違い――いや、頼盛と他の武士の違いは、強い印象を残します。
そしてそれはさらに、ラストで描かれる「蝶」と結びついて、何とも言えぬ感動を生むのです。数々の謎を解くことを通じて、諸行無常の世において己が生きた意味を求め、一個人としての意地を貫いた彼の象徴であり、到達点である「蝶」と……
極めてユニークで意欲的な歴史ミステリであると同時に、激動の時代をしたたかに生き抜いた一人の人間を描いた歴史小説としても豊かな味わいを残す本作。作者の今後の活躍も楽しみになる佳品であります。
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