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2021.07.05

石川賢『海皇伝』 大海人、二つの動乱を股にかける

 鬼才・石川賢の作品には時代ものが数多く含まれていることは言うまでもありませんが、(日本の)古代ものは本作くらいではないでしょうか。7世紀を舞台に、倭国・高句麗・唐を股にかけて、若き漢王子=大海人皇子が冒険を繰り広げる伝奇アクションであります。

 厩戸皇子が崩じた後、王位を巡って田村皇子と山背大兄王をそれぞれ奉じ、激しい政争が繰り広げられる朝廷。そんな中、倭国に騒乱をもたらすべく渡来した唐の太宗の密偵・燗煬大は、中臣鎌足を殺してすり替わり、争いの種を撒くべく暗躍するのでした。

 そしてその燗煬大が目をつけたのは、強大な霊力を持つ宝皇女――漢王朝の血を引く高向王との間に一子・漢王子を儲けながらも、田村皇子に強引に奪われた彼女を女帝の座につけるべく、燗煬大はその障害となる漢王子を抹殺せんと企むのでした。
 蘇我馬子らを操り、高向王の一族を攻め滅ぼさんとする燗煬大。父と家臣たちの犠牲に救われ、宝皇女の霊力に守られた漢王子は、安住の地を求めて海を渡ることに……

 と、漢王子の少年時代を描くここまでがちょうど物語の前半部分。後半は、海を渡った彼が、高句麗で戦う姿が描かれます。
 父の一族を求めて流れ流れた末に、高句麗に辿り着いた漢王子。大海を渡ってやって来たことから大海人と呼ばれるようになった彼は、高句麗の淵蓋蘇文将軍の下に身を置き、迫る唐の太宗の軍と戦い続けていたのであります。

 しかし高句麗の王宮にまで間者を忍ばせてきた太宗は、ついに高句麗を滅ぼさんと百万の大軍を派遣。絶望的な状況に高句麗の人々の心も折れかける中、一人大海人のみは闘志を燃やし……


 宝皇女(のちの皇極・斉明天皇)の子でありながらも、日本書紀に一箇所名前が登場するのみの、幻の皇子である漢王子(漢皇子)。本作は、その幻の皇子=大海人皇子、すなわち後の天武天皇という設定で描かれる作品であります。
(ちなみにこの同一人物説自体は以前から存在するものですが、珍しい説であることは間違いありません)

 そして物語の背景となっているのは、7世紀の大和朝廷における王位継承を巡る争い――厩戸皇子や推古天皇の崩御から、大化の改新に至るまでの、ある意味最も朝廷が血生臭かった時代と、同時期の海の向こう、朝鮮半島における国々の興亡という、二つの動乱。
 この二つを、後に大化の改新を起こす大海人皇子と、大唐帝国を実質的に成立させた太宗(李世民)という同時代人を軸にして描いたのが、本作ならではのダイナミズムというべきでしょう。

 この辺りの史実との距離感・絡み方――言ってみれば歴史ものとしての細やかさ――は、まず間違いなく、本作には原作者が別にいるためと思われます。
 それによって、本作は作者の時代ものの中では異彩を放つものとなっているのですが、惜しむらくは物語にエンジンがかかるのが――主人公が主人公として暴れ始めるのが物語の後半である点でしょうか。

 上で述べたように本作の前半は主人公の少年時代が舞台ですが、この部分は史実をベースにした陰謀劇的な色彩が強く、随所で暗躍する燗煬大の存在が「らしさ」を示してはいるものの、物語のテンションという点では物足りないものがあります。
 その分、後半で歴史に残る高句麗と唐の激戦の中で大海人が暴れまわってくれるのですが、やはり少々食い足りなさは残るのです。

 そんな中であっても、日本に帰ってきた大海人の「私が…この国をつくる!!」という台詞がラストを〆るのは、これはある意味非常に作者の作品らしいところではあるのですが……


『海皇伝』(石川賢&桜井和生 双葉社アクションコミックス) Amazon

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