みもり『しゃばけ』第3巻 連続殺人と若だんなの人生と 急加速する二つの「本筋」
ついにシリーズ20周年を迎えた『しゃばけ』。その記念すべきシリーズ第1作の漫画版、第3巻であります。長崎屋にまで乗り込んできて若だんなを襲った人殺しの下手人は捕らえられたものの、なおも続く奇怪な殺人。さらに若だんなが抱える秘密の存在も明らかになり、物語は急展開を迎えます。
ある晩、家を抜け出して外に出た帰りに、凄惨な人殺しを目撃してしまった長崎屋の若だんな・一太郎。その場は何とか逃れた若だんなですが、ある日長崎屋に不死の妙薬である木乃伊を売れと言って押しかけてきた男こそが、その下手人だったのであります。
初めは互いに気付かずにいたところに、突然豹変して襲いかかる男。何とか男は取り押さえられ、騒動は収まったかに思われたのですが――しかしそれはまだ始まりに過ぎなかったのです。
その時のショックから寝込んでいたはずの若だんなが店から姿を消し、それと時を同じくして、薬種屋の人間が犠牲となる殺人が発生。若だんなは無事だったものの、その後も次々と薬種屋の人間ばかりを狙う殺人が続くことになります。しかし奇怪なことに、一連の殺人は下手人がそれぞれ別――そのどれもが動機のない突発的な凶行であり、しかし下手人が皆、同じようなことを口走っていたのです。
この奇怪な連続殺人の謎を解くべく考えを巡らせる若だんな。「犯人」の正体についてある考えに辿り着いた若だんなは、妖たちを集めて、協力を依頼するのですが……
というわけで、前巻で下手人が捕らえられて解決したと思いきや、むしろ一気に加速した怪事件(いま第1巻を読んでみると、かなりのスローペースだったのでちょっとびっくり)。
確かに、前巻で若だんなが考えをまとめるために挙げた疑問点が一つも解決していない状況ではありましたが――しかしこれ以上犯行は起きないと思われた状況から、さらなる殺人が、それも全く別々な人間が下手人となって起こされるというのは、なかなかに厭シチュエーションです。
そしてその事件の真相自体は、妖怪時代小説ならではのものではあるのですが――しかしそれに対する若だんなの(上で挙げた疑問点のリストアップを踏まえた)推理手法は、まさにミステリとしてのものであります。
『しゃばけ』というシリーズの魅力の一つは、間違いなく特殊ミステリとしての面白さにあるのですが、それはこの第一作の時点で明確であるといえるでしょう。
しかし『しゃばけ』の魅力はそれだけではありません。賑やかな妖たち、巧みなミステリ味に加えてもう一つ、人間の心の機微を捉えた――それもどこか苦い味わいの人間ドラマもまた、シリーズに欠かせない要素であります。
そしてこの巻においては、その部分も大きくクローズアップされることになります。若だんなが物語冒頭に見せた不審な行動――あれだけ病弱にもかかわらず、兄やたちの目を盗んでの夜の外出――の理由が、ここで明らかになるのです。
そこで語られるのは、物語の「本筋」である殺人事件とは全く関係ない(ように見える)、しかし若だんなの人生の「本筋」においてはるかに重い意味を持つものであり、同時に長崎屋の暗部とも言うべきもの。そして程度の差こそあれ、この時代の商家であれば幾らでもありそうな、そんな現実なのであります。
殺人事件の謎解きよりも遥かに厳しい現実の問題。この漫画版の作画は、繊細な、時に可愛らしさすら感じさせる絵柄ですが、それだからこそ、その問題に直面した若だんなの微妙な心の揺れが伝わってくるように感じられます。
さて、二つの「本筋」が急加速し、一気に終幕に近付いてきた感のある本作。それぞれの謎と問題を解決する術はあるのか、そしてその両者が交わることはあるのか――次巻クライマックスであります。
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