『MARS RED』 第1話「陽のあたる場所」
大正12年、第十六特務隊に配属となった前田少佐が月島の秘密施設で見たもの――それは、ヴァンパイアと化して「サロメ」の台詞を諳んじ続ける帝劇女優・岬だった。舞台上の事故で瀕死の状況だった岬をヴァンパイアにした者を追う前田だが、その最中、岬が月島から脱走したとの報が入る……
完全に周回遅れで恐縮ですが、漫画版の紹介も先日終えた『MARS RED』、アニメ版を紹介していきたいと思います。その第1話は漫画版にはなかったエピソード――零機関の鬼指揮官・前田大佐の零機関赴任時の出来事を描いた物語であります。
アバンタイトルで描かれるのは「サロメ」の台詞を、どこか虚ろな瞳で暗唱する女性と、それをたどたどしい筆致で書き留める手。果たしてこれは――物語が進むにつれて明らかになっていきます。
初夏の東京駅に降り立った前田少佐。彼を迎えに来た第十六特務隊の森山の案内で、彼は司令部ではなく、月島に構築された秘密施設に案内されることになります。水で周囲から隔絶され、はるか地下深くまで掘られた分厚いコンクリートで守られた施設――そこに収監されているのは「マルキュー(マル吸?)」なる存在。数日前に舞台上の事故で瀕死の重傷を負い、しかし数時間後治癒したために特務案件と判断され、この施設に収監された舞台女優――ヴァンパイアと疑われる女性だったのです。
おそらくは分厚いガラス越しに、その舞台女優・岬を観察する前田ですが、舞台上で重傷を負い、ヴァンパイア化された時の記憶が強烈に焼き付いてしまったのか、彼女はその時に演じていた「サロメ」を繰り返し演じているようであります。
自分たちの部隊で使えればよし、使えなければ――と、上官である中島中将から彼女の扱いを一任され、観察を続ける前田。左手でたどたどしく調書を綴る彼をガラス越しに見つめ、その署名に目を留めた岬は、部屋から出ていく前田に対して、「いってらっしゃい」という言葉をかけるのでした。
そして岬の流した血の跡も生々しく残る帝国劇場で、劇場の雇われ役者だと名乗る少年・デフロット(と、劇場の外で絡んできた女性記者・葵)と束の間言葉を交わす前田。しかしそこに、岬が施設から脱走したとの急報が――施設外で待ち受ける警備の兵の機関銃もものとはせず、しかし兵士には傷を負わせたのみで市街に消えた彼女は、既に夜が明けた東京駅の前で、前田と対面するのでした。
サロメの言葉を引用しながら、前田に愛を語る岬。そう、彼女は前田の、まだ互いに出会ってもいなかった婚約者――そして会いたかったという言葉を残し、彼女は引き留めようとする前田の目の前で、自ら陽のあたる場所に踏み出し、燃え尽きて……
と、一見全く無関係に見えた前田と岬の関係性が徐々に浮かび上がり、ラストで美しくも物悲しく交錯、昇華するこのエピソード。冒頭で新婚三ヶ月の森山と言葉を交わす中で(てっきり森山の死亡フラグかと思いきや……)前田が許嫁の存在を語り、それを伏線に細かい描写を積み上げていく構造は、説明台詞を最小限に抑えていたことによって一層インパクトを持って感じられます。
また、舞台女優であった岬が牢獄同然の施設でひたすらに「サロメ」を演じ続けるくだりの不思議な空気感は、舞台劇という題材と、演出が綺麗に噛み合ったことによって生まれたものであることは間違いありませんが――原作者自らが音響監督を務めている点も寄与していると考えるのは、決して牽強付会ではないでしょう。
ただし、背景設定をほとんど全く説明せずに物語を展開させていくのは結構な冒険という印象はあり(こちらはもちろん漫画版で予習済みだったわけですが)、その点でとっつきにくさを感じた方もいるかもしれません。
もう一つ、キャラクターのビジュアル(特に目の辺り)には違和感を覚えたのですが――これはあくまでも個人的な印象であります。
何はともあれ、次回から零部隊のヴァンパイアたちも登場する模様で、どこまでが同じで、どこからが異なる物語となるのか――この先も期待できそうです。
ん? ラストのクレジットで「中島岬」とありましたが、前田の婚約者で中島ということは――これは今回のエピソード、後々まで尾を引くことになりそうです。
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