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2021.07.25

高橋留美子『MAO』第9巻 夏野の過去、幽羅子の過去、菜花のいま

 まだまだ謎が深まる大正伝奇ホラーアクション、第9巻で描かれるのは、摩緒の姉弟子・夏野にまつわる、ある奇怪な真実。そして後半では、白眉側の術者・かがりと菜花の対決、そして謎の女性・幽羅子の正体の一端が描かれることに……

 奇怪な通り魔事件の犯人を巡り、再び金の術者・白眉と彼の配下と対峙することとなった摩緒と菜花。辛うじて危機をくぐり抜けた二人が次に巻き込まれたのは、とある病院の入院患者を巡る事件――夜な夜な病院を抜け出しては、土を喰らってはそれを空に吐くという、患者の奇怪な行動を摩緒は追うことになります。

 しかし「土」といえばやはり思い浮かぶのは、「土」の術者である夏野の存在。摩緒からあらましを聞き、はたして何事か思い当たるところがあったような夏野ですが、しかし不自然な沈黙を守ることになります。
 そこで摩緒たちが頼ったのは華紋――あの御降家の崩壊以降、大正以前に夏野と出会っていたという彼の口から語られるのは、なんとも不気味かつ不可解な因縁の物語。そして三人は、夏野を追ってとある田舎村に向かうことに……

 登場して日が浅い点はあるものの、他の弟子たちとはまたスタンスの違う印象のあった夏野。その彼女の背負う因縁は、こちらの予想だにしなかったような奇怪で――そしてまた、物語の枠がまた大きく変わりかねないものでした。
 その真相については今回は明らかにはなりませんが、その影響の大きさもまた、まだまだ見えないのであります。
(ちなみに今回小ネタ的に描かれた華紋の「趣味」がなかなか面白い……)


 そしてこの巻の後半では新たなエピソードに突入、菜花を中心として物語が展開することになります。

 とある女学生にかけられた呪詛を祓った摩緒。彼女に呪いをかけたのが学校の後輩であると知った摩緒は、菜花にいわば潜入捜査を依頼することになります。
 そこで摩緒の前に現れたのは、前巻で呪具・傀儡の針によって摩緒を操った白眉の配下(?)の少女・かがり。針を用いた呪術を得意とするかがりと単身対決することとなった菜花ですが、事態は意外な方向に展開して……

 猫鬼に絡むエピソードが一段落(?)し、平安側の物語が盛り上がるにつれ、相対的に物語でのウェイトが下がってきた印象もあった菜花。
 もちろん前巻では、もう一人の猫鬼の力を継ぐものとして、操られる摩緒の代わりに奮闘するという見せ場があったのですが、この巻では、女子高生という立場を活かして活躍することになります。(ちなみに中学生からスタートした彼女はこの巻で高校に進級、いきなりコロナや緊急事態宣言が登場するのには驚かされました)

 一方、対決するかがりはといえば、少女らしい無邪気さを持ちつつ邪悪な術を操るという、なかなか厭なキャラクター。猫鬼の力を眠らせているものの術は使えない菜花と、様々な呪術を操りながらも肉体的には普通の少女のかがりというのは、なかなか面白い対決の構図といえるでしょう。

 しかし――ここから、物語は急展開、菜花はこれまで数々の戦いの背後に潜んでいた謎の女性・幽羅子と単身対面することになるのです。
 夏野がかつて目撃したという、紗那を殺した邪鬼。それと同じ邪鬼をまとい、そして紗那と同じ顔をした幽羅子の存在は、本作に数多く散りばめられた謎の中でも、相当に大きなものであると言えます。

 そして菜花に対して幽羅子が語る自身の過去とは――作者の人魚シリーズを彷彿とさせるような、人間の黒々とした我欲と邪悪さに満ちた、悍ましいものであり、そして同時に幽羅子にとっては残酷極まりない物語であります。
 特にこの巻のラストで描かれた彼女の運命の変転の場面など、その不思議な美しさもあって、このキャラクターにこのような感情を抱かされるとは――と言いたくなるほど、これまでのイメージが一転するような内容なのですが、しかしそれがどのように「いま」に繋がるのでしょうか。

 それはこの巻の時点ではまだわからないのですが――次巻で語られるであろう続く物語の内容はいかなるものであるのか、そしてそれを耳にした時、菜花は何を思い、どのように行動するのか――相変わらず先が読めない、そしてそれだけに魅力的な物語であります。


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