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2021.07.01

安達智『あおのたつき』第6巻 ついに語られるあおの――濃紫の活計

 冥土の吉原で迷える魂を導く元花魁「あお」の奮闘を描く本作、鎮守の守の資格を取り戻すための廓番衆たちとの勝負もいよいよ終盤であります。そしてその中で、ついに描かれる、生前のあお=濃紫の姿。濃紫が抱えるわだかまりの正体とは、そして何故冥土にやってきたのか……

 冥土の吉原は薄神白狐社で、宮司の楽丸とともに遊女たちの魂を救ってきたあお。しかし、楽丸が神具の鍵を喪ってしまったことから、二人は廓番衆の四人の宮司たちによる修験を受けることになります。
 これまで怒丸、喜丸の修験はクリアしてきた二人ですが、次なる修験は儚神白狐社の哀ゐ丸によるもの。鈴に言霊を吹き込んで、良い言霊を作る、という修験に挑むあおですが、密かに(というかあからさまに)楽丸に思いを寄せる哀ゐ丸が暴走したことで、事態はあらぬ方向に……

 という哀ゐ丸の修験は比較的スムーズに(?)終わったものの、その次の最後の修験は難関中の難関。何しろ、その修験を課すのが、これまで幾度もあおと因縁を持ち、そして誰よりも楽丸に対して厳しい態度で臨んできた微神黒狐社の恐丸なのですから。

 そして恐丸によって捕らえられたあおは、悪霊となった者が怨恨を吐き出すための審判の深淵に放り込まれることになります。その中であおのわだかまりを解くこと――それが最後の修験。できなければ楽丸が宮司に復帰するどころか、あおもこの世界から消されることになるという、絶対失敗できない修験に楽丸は挑むことになります。
 そして自ら深淵の中に踏み込んだ楽丸は、あお――いや、生前の姿に戻った濃紫と対面、彼女の生前に起きた出来事を聞くことになります。

 美貌という点では他の花魁に譲るものの、手管でその座に登り詰めた濃紫。しかし他の花魁とは違い、金に執着し、出費を切り詰めようとする彼女には、彼女なりの事情がありました。
 足が悪い己の妹を養う――そのために、自分の稼ぎを生みの母に差し出していた濃紫。しかしあまりに残酷な真実を知ってしまった時、彼女の中で何かが壊れることになります。そして全てを捨て、吉原からの足抜けを試みる彼女を待つものは……


 というわけで、ついに描かれることとなったあおの過去=生前の物語。これまで断片的に描かれてきた彼女の過去は、楽丸のそれと並び、本作において最大の謎の一つでしたが、それがここで、このような形で描かれるのか――と、意外かつ納得の展開であります。

 そしてそこで描かれる彼女の過去は――ある意味本作において最も「リアルな」花魁の姿を描くものといえるでしょう。あおとなって冥土に来た後も、金に執着し、金を現世に送ろうとしていた彼女ですが、ここでは生前の彼女を――いや、彼女を含む全ての遊女を巡る金にまつわる現実が描かれるのです。
 太夫ともなれば華やかに着飾り、最高級の贅を尽くした暮らしを送る――しかしそれは実際には自前、自分の身を売った金を前借りの形で費やしたものだった。それは当時の吉原について何がしかの知識があれば自明の話ですが、しかしここでこうして丹念に描かれると、その重さと厳しさは、ズンと堪えるものがあります。

 しかもそんな自分たちを幾重にも搾取するシステムが存在し、そしてそれに耐えてもなお救おうとしていた者が――という幾重にも残酷な現実を突きつけられてみれば、彼女が遊女にとっては最終手段である足抜けに走ろうとするのも理解できようというもの。
 実はこの巻では彼女の過去のエピソードは終わらず、非常に気になるところで終わっているのですが――どう考えても悲劇で終わるしかないこのエピソードに、少しでも希望の光を与えてほしい、と心から願うのみであります。

 ちなみにこの巻では、濃紫の間夫が登場するのですが、その名前が歌舞伎などのファンにはニヤリとさせられるもの。なるほど、そもそも濃紫のモデルは――と納得であります。


 また、巻末には番外編として、濃紫が妹女郎や禿たちに、遊郭の中では日常茶飯事ともいうべき他者の悪意をいなす方法を伝授するエピソードを掲載。これがいかにも濃紫らしく本作らしく、納得の内容なのですが――本編と併せて読むと、やはりちょっと重い気分になってしまうのであります。


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