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2021.08.21

宮本昌孝『藩校早春賦』 「普通の」少年三人の胸躍る日常と冒険

 歴史・時代小説で「青春」というと個人的には宮本昌孝の名が真っ先にあがるのですが、戦国ものを中心とする作者の作品で青春ものといえばこれ! なのが本作。東海のとある小藩を舞台に、個性豊かな三人の少年武士の青春絵巻が描かれます。

 負けん気の強さと素早さが持ち味の筧新吾、豪傑肌(脳筋)の花山太郎左、柔弱ながら心優しい曽根仙之助――新吾と太郎左は徒組三十石の軽輩、仙之助は百二十石の上士の家柄と、本来であれば親しく交わるはずのないものの、子供の頃のある出来事がきっかけで、堅い友情で結ばれた十代の少年三人であります。

 そんな三人のところにある日飛び込んできたのは、藩主お声がかりで藩校が作られるという話。時は江戸時代後期、各地で藩校が作られた流れに乗り、上士下士を問わず文武に励むことが出来る場が作られることとなった――のですが、問題はそこで剣を教授するのが誰になるかという点であります。
 当時城下には、同じ直心影流ながら上士中心と下士中心の二つの道場があり、門弟同士が何かといがみ合っている状態。三人は後者で学んでいたのですが、どちらが教授するかを決める五対五の対抗戦の選手に選ばれてしまったのです。

 道場一の腕自慢の太郎左や、道場はサボり気味でも腕は確かな新吾はさておき、竹刀を振るのもやっとの仙之助。しかも相手は、かつて三人が友情を結ぶきっかけとなった、横暴な上士の子弟たちで……


 そんなエピソードから始まる本作は、タイトルの通り、この藩校を舞台として三人が繰り広げる青春の姿を描く連作であります。

 藩校の普請中に多発する事故の背後に秘められた企みを暴いたり、新吾の幼馴染・志保の姉とかつての恋人を巡る事件に巻き込まれたり、罰として強面な教授の屋敷で一晩過ごすことになった新吾が意外な人間模様を目の当たりにしたり、いい加減極まりない新吾の次兄・助次郎が急に真人間になった事情に首巻き込まれたり、太郎左と新吾の晴れ舞台である御前踏水(水泳)が突如延期となった背後の陰謀に巻き込まれたり……

 全七話の本作の中で三人が巻き込まれる事件は、身の回りの椿事というレベルから、刃を持ってケリがつくような物騒な話、果ては藩政の行方を左右するような事件まで実に様々。
 そして物語に登場する三人の周囲の人々も、新吾の幼馴染の志保、新吾の兄で実に対象的な精一郎と助次郎、藩でも格別の家柄の出身の仙之助の母・綾、うるさ方で藩の名物老人・十太夫、嫌味で依怙贔屓な藩校の教師・安右衛門等々、多士済済であります。


 そんなバラエティに富んだエピソード満載の本作ですが、その中で印象に残る点、そして本作ならではの魅力となっている点は、基本的に新吾たち三人があくまでも普通の少年にすぎないことでしょう。

 彼らは別に、親が陰謀に巻き込まれて腹を斬ったり、秘剣を伝授されたりといったドラマチックな運命にあるわけではありません。それどころか、罰として校庭を走らされたり書き取りをさせられたり、枕絵鑑賞に夢中になったりと、あまり格好良くない――しかし実に身近で微笑ましい、等身大の青春を送る少年たちにすぎないのです。

 もちろん、確かに三人は(特に新吾は)作中で様々な事件に巻き込まれ、その結果は時として藩政に影響を与えることになります。
 それでも、それはあくまでも結果として、であります。彼ら自身の行動の理由は、若者らしい好奇心であったり、時には偶然巻き込まれただけであったり――それが思わぬ形で騒動になっていった、その結果が本作で描かれる冒険の数々といえるでしょう。

 それは例えるならば、等身大の悪ガキでありながら、その日常が読む者の心を躍らせる(そして時に本当の大冒険に巻き込まれる)『トム・ソーヤーの冒険』のような物語であるといえるかもしれません。
 それだけ本作で描かれる三人の日常と、時に訪れる本当の冒険の機会は、彼ら自身の姿が実に微笑ましく、そしてリアルに描かれているからこそ、かつての(あるいは今の)自分たちの姿と重ね合わせることで、より一層魅力的に感じられるのであります。もちろん、そこには日常と冒険の絶妙なさじ加減があるのは当然なのですが……


 もちろん、青春というのはあくまでも一過性の季節であります(そしてだからこそ美しく感じられるのですが)。いつか彼らも大人になっていくのですが――その姿は続編である『夏雲あがれ』で描かれることになります。
 そこで彼らがどのように変わり、変わらないのか――それはまた別の機会にご紹介いたしましょう。


『藩校早春賦』(宮本昌孝 集英社文庫) Amazon

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