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2021.08.12

松井優征『逃げ上手の若君』第2巻 犬追物勝負! 「この時代ならでは」を少年漫画に

 北条家最後の得宗の子・時行を主人公とした『逃げ上手の若君』、2ヶ月連続刊行の単行本第2巻であります。諏訪に保護された時行に迫る信濃守護・小笠原貞宗――異常な視力と卓抜した弓術の腕を持つ貞宗と、時行は思わぬ形で対決することになります。

 足利尊氏によって一月足らずのうちに鎌倉幕府が滅亡し、家族をはじめ全てを喪うこととなった時行。まだ幼い彼に手を差し伸べたのは、未来が見えると嘯く神官・諏訪頼重――彼によって諏訪大社に匿われることとなった時行は、同年代の少年少女を郎党に、捲土重来を期すことになります。
 その矢先に諏訪に現れたのは、足利方について信濃守護となり、異常な視力と天下一の弓の腕を持つ怪人・小笠原貞宗。しかし頼重はこともあろうに時行に対し、北条の残党狩りに燃える貞宗から逃げつつ、その弓の腕を盗めと言い出すのでした。

 というわけで、この巻の冒頭で展開するのは、貞宗と時行の一騎打ち。諏訪大社の犬追物に飛び入り参加してきた貞宗の挑発に対し、頼重は時行を(もちろんその素性は隠した上で)対戦相手として選び出したのであります。
 煽りスキルでは群を抜く頼重によって、犬だけでなく、相手の身体に当ててもポイントとなる特別ルールで始まったこの一対一の勝負。初めは頼重の授けた策と、時行の逃げ上手ぶりで先行したものの、相手ももさるもの、弓のみならず馬の扱いでも屈指の貞宗の前に、時行は一気に追い詰められることに……

 ここで題材となっている犬追物。中世において、武士に必須の武芸である騎射を磨くために行われた犬追物は、日本史の教科書などでしばしば見かけますが――しかしフィクションにおけるメインの題材として描かれたことは、これまでほとんどなかったのではないでしょうか。
 それだけでも驚かされるところに、本作は貞宗と時行のある意味ハンディキャップマッチを通じて、時行の成長を――しかも、実に少年漫画らしい必殺技まで描いた上で――彼の「逃げ上手」を活かしつつ描いてみせるのには唸るほかありません。


 そして次なるエピソードで描かれるのは、時行の新たな郎党探し――しかも腕利きの盗賊であります。

 時行との一騎打ちに敗れながらも、今度は帝の綸旨を盾に諏訪の郎党の領地を奪おうという貞宗。これに対し、その綸旨を奪って時間稼ぎしてしまおう――という、これまたヒドい策に必要なスキルを持つ人物として、頼重は周囲を荒らし回る盗賊・風間玄蕃の名を挙げるのでした。
 かくて彼を仲間に入れるべく、玄蕃の棲家があるという桔梗ヶ原に向かった時行。何とか玄蕃の心を動かしたものの、仕事を請け負う条件として、綸旨の盗み出しに、時行も同行することになって……

 と、少年漫画の定番である新たな仲間のスカウトというイベントを描くにあたり、後醍醐帝の綸旨というこの時代ならではのアイテム題材に、しかし本作らしい無茶な展開で描くこのエピソード。
 玄蕃の特殊能力を見せる一方で、異常な聴覚を持つ市河助房(実在ながら、五大院宗繁よりあるいはマイナーな人物ですが……)と組んだ貞宗の逆襲を描いたりと、これまた盛りだくさんなのですが、最後はきっちり時行の逃げ上手に絡めてみせる辺りにも感心いたしました。


 などと、各エピソードを読めば読むほど、この時代ならではの設定と登場人物をいかに少年漫画として面白く描くか腐心している様が伺える本作。

 個人的には漫画としてのアレンジのさじ加減が全て納得できるわけではないのですが(貞宗や助房の変態っぽさなど――尊氏も別の意味で変態っぽいですが)、しかしそんなことを言いつつも、この先の物語がどのように描かれるのか、素直に気になってしまう作品であります。


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