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2021.08.20

椎橋寛『岩元先輩ノ推薦』第1巻 超常現象の源は異能力者 戦前日本のX-MEN!?

 数はさほど多くはないものの、それなりのサブジャンルとなっている感がある、戦前の軍を舞台とした特殊部隊/特殊能力者もの。題名だけではわかりにくいですが、『ぬらりひょんの孫』の椎橋寛による本作もその一つであります。軍の命により各地の超常現象を調査する少年・岩元胡堂の目的とは……

 1910年代、陸軍のエリート養成校である栖鳳中学校で学園長の寵愛を受け、3年生でありながら(この時代の旧制中学の修業期間は5年)書記長を務める少年・岩元胡堂。
 ある日、学園長の命を受けて黒い雪が降るという村を訪れた岩元は、黒い雪の噂を追ううちにある屋敷の敷地に迷い込み、その地下に幽閉された美少年と出会うことになります。

 そここそは、村の有力者であり、心身の痛みを消す妙薬を作り出す製薬会社の経営者の屋敷。そこで黒い雪と少年の関係、黒い雪と妙薬の関係を知った岩元の選択は……


 前線で戦う優秀な兵士や先端技術の研究者の育成だけでなく、軍事利用可能な超常現象を収集・研究する秘密機関でもある栖鳳中学校。本作のタイトルロールである「岩元先輩」こと岩元胡堂がそこで務める役目は、その超常現象の調査――そしてそれを生み出す者のスカウトであります。
 実はタイトルにある「推薦」とは、超常現象を生み出す異能者の、栖鳳中学校入学への推薦。そしてその岩元自身も、炎を放つ彼岸花を周囲に咲かせる(あるいは彼岸花の形の炎を放つ)能力「花葬の彼岸花」を持つ異能者なのです。

 本作は、そんな岩元胡堂が各地で起きる超常現象と対峙、解決していく連作スタイルで(いまのところ)展開していきます。
 上で紹介した黒い雪に始まり、鎌を刺せば望んだ相手との縁が切れる樹、栖鳳中学校の寮に突如現れた巨大な繭、そして徘徊する死者の伝説……(作中で言及される汗でなく海月をかく人間は、この巻には未収録の読切版のエピソード)

 そして感心させられるのはその内容の独創性であります。登場する超常現象やそのロジック、能力者の能力などは、いずれも既存の伝説や「史実」を(ベースにしたものはあるかもしれないにせよ)使用せずに、本作オリジナルのものばかり。この独創性・意外性は、怪奇ミステリファンとしても大いに感心します。

 特に、他の事件と異なり、学園長から調査を禁じられている屍人伝説の調査に、岩元が独断で向かった先で、おびただしい数の人肉が付着した白骨と、近隣の厳重に警備された瓦斯工場の存在を知り――という第4話は、奇怪な伝説の真相と、それに対する「現代」の人間の対処の真実が圧巻のエピソード。
 しかしその怪奇性に留まらず、その現象の根底に能力者の存在を描くことにより岩元が積極的に行動する理由が生まれるのが、本作ならではの独自性として機能しているのに感心させられます。

 そう、岩元自身の行動理由は単に命令されたからではありません。彼の真の動機は、自分と同様の異能者を受け入れ、守り、「人間」として生きる道を与えること――いわば本作における異能者たちへの「推薦」は、彼らが常人と異なる孤独な存在ではなく、共に生きる仲間たちがいる「人間」であることを呼びかける言葉でもあるのです。

 こうして考えてみると、実は本作は主人公が属する組織が「学校」ということもあり、むしろX-MENの世界を、戦前の日本で再現する試みなのではないか、とすら思ってしまうのですが……
(書記長選挙で岩元が演説したという「選ばれし優秀な同志達がこの国の未来を救う」という言葉も、この辺りの設定を踏まえると意味深に感じられます)


 このように怪奇ものとして、昭和伝奇ものとして、能力者ものとしてなかなかに魅力的な本作ですが、登場するキャラクターの大半が美少年――なのはともかく、当時の軍隊にいたとは思えないビジュアルなのは、正直なところ違和感は強く感じます。
 もっともこの点は、能力者のみ(普通の軍人である「前線部隊」所属の生徒はそうではない)であって、意図的な描き分けと思われますし、何よりもこれがファンの期待する作風というのも事実でしょう。

 何はともあれ、この魅力的な設定の中で、いかなる超常現象が描かれ、そしていかなる能力者が登場し、岩元と共に生きていくことになるのか――今後も見届けたいと思います。


『岩元先輩ノ推薦』(椎橋寛 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon

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