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2021.08.25

宮本昌孝『夏雲あがれ』上巻 青年三人の変わらぬ友情と冒険

 宮本昌孝が江戸時代後期を舞台に少年たちの瑞々しい青春を描いた『藩校早春賦』の続編――前作から六年後を舞台に、少しだけ大人になった新吾・太郎左・仙之助たちの新たな冒険が始まります。友たちが江戸に向かう中、一人残された新吾。しかし藩を覆う暗雲の存在を察知することになった新吾は……

 かつて、藩主の叔父・蟠竜公によるお家乗っ取りの陰謀に巻き込まれ、藩の隠密集団・白十組とともにこの陰謀を阻んだ筧新吾。それから六年後、既に家督を継いでいた仙之助は藩主に伴って江戸に出府、太郎左も将軍家御前試合への藩代表選手に選ばれて江戸に向かうことになります。
 友の晴れ姿を喜びながらも、一人取り残されたような寂しさを感じる新吾。太郎左たちを見送った帰り、風邪を引いた藩の名物老人・鉢屋十太夫の見舞いに向かう新吾ですが――それが彼を大事件に巻き込むことになります。

 十太夫の屋敷に着いてみれば、そこで繰り広げられていたのは、十太夫と浪人たちの切り合い。助太刀に割って入った新吾は浪人たちを撃退するのですが――その一人が、かつて藩命で十太夫が斬った親友の遺児・芳太郎であることを知ることになります。
 十太夫を守るべく芳太郎を追う新吾ですが、その矢先に芳太郎は何者かに斬られ絶命。そして新吾は、斬ったのが蟠竜公の腹心・神妙斎であると気付くのでした。

 さらに白十組も動き出し、にわかに騒がしくなる新吾の周辺。しかしさらに意外な運命が新吾を待ち構えます。何と江戸に出た太郎左が吉原で旗本と喧嘩をして謹慎処分となったため、彼の代理として御前試合に出場することになったのです。かくて一路江戸に向かうことになった新吾ですが、その道中でも、そして江戸でも次から次へと事件が起きて……


 藩校に通う十代の少年であった新吾・太郎左・仙之助の等身大の青春群像が魅力だった前作。それから六年経った本作では、三人の周囲も大きく変わることになります。

 頼りなかった仙之助はようやく家督を継ぎ、太郎左は直心影流の免許皆伝。新吾の長兄は組頭の家に婿入りし、ちゃらんぽらんだった次兄が当主となり――という中で、一人新吾のみは役目につくでもなく養子の口があるでもなく、実家に厄介の身であります。
 しかも美しく成長した幼馴染の志保も他所に嫁入りの話が出て――と、一歩間違えれば何とも重く切ない話になりそうですが、しかしそんな新吾と読者の屈託も、物語が始まればたちまち雲散霧消。次から次へと描かれる事件と謎の数々を追いかけるうちに、前作に感じた胸の高鳴りが甦るのです。

 もっとも、この上巻の前半(すなわち全体の1/4)は、太郎左と仙之助が旅立った後の藩が舞台であるため、新吾一人の活躍となるのが少々寂しいところですが――後半からは江戸が舞台となり、三人が再会して物語はさらに盛り上がることになります。
 そして実に泣かせるのが、この三人の再会シーン。どれだけ時が経っても、立場が変わっても、三人の関係だけは何があっても絶対に変わらない――少年時代のモラトリアムが終わり、青年になっても、全く変わらない「こいつら」の姿は、この上巻の見せ場の一つと言えるでしょう。

 とはいえ、実のところ本作は、前作の続編でありつつも、だいぶ物語の趣向は異なる作品ではあります。というのも、連作ものであった前作が、基本的には三人の日常と冒険を描く等身大の物語であったのに対し、長編である本作は、藩のお家騒動というある意味非日常の世界が描かれるのですから。
 その中では、新吾たち三人は、手の届かない「時代劇ヒーロー」になってしまうのではないか――最初はそんな心配をしていたのですが、しかし上で述べたように、三人はあくまでも三人。どんな世界にあっても変わらないその姿は、前作とは趣向は変わりつつも、変わらぬ爽快感を与えてくれるのです。

 そしてそれは、もちろん彼らが成長しないということではありません。特にこの巻の終盤、江戸の直心影流道場で彼が悟る「次善の剣」の在り方は、彼自身の欠点を教え、大きく彼の心の在り方を変えるもの――この先の物語の行方を大きく左右するのですから……


 そして物語は大きく核心に迫っていきます。吉原で花魁・関谷に無法を働こうとしたところを太郎左が叩きのめした旗本の息子・天野重蔵。その後、重蔵に攫われた関谷の禿を救い出さんと奔走する新吾は、天野家と蟠竜公の意外な?がりを知ることになります。
 はたして両者の企みとは何なのか。誰が蟠竜公派か、はたまた白十組かわからぬ江戸で、新吾と太郎左、仙之助の戦いは、いよいよ激しさを増すのですが――以下、下巻の紹介は時を改めて。


『夏雲あがれ』上巻(宮本昌孝 集英社文庫) Amazon

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