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2021.08.31

宮本昌孝『おねだり女房 影十手活殺帖』 男女の情の背後の謎、男女の情という謎

 鎌倉東慶寺を舞台に、哀しい運命に泣く女性たちを救うために奔走する東慶寺の影の守護者・和三郎の活躍を描く連作シリーズの第二弾であります。男女の情が入り組んだ数々の事件の闇を払うため、今日も和三郎の十手が唸ります。

 江戸時代に数少ない女人救済の場であった駆け込み寺・東慶寺。寺を訪れた女人たちを保護し、そこに至るまでの事情を吟味・調停を行った上で、必要とあらば離縁の手続きを取らせる――そんな東慶寺門前で御用宿を兼ねる餅平こと餅菓子屋平左衛門の息子・和三郎が本シリーズの主人公であります。

 実は餅平は千姫の娘・天秀尼以来、代々東慶寺に仕えてきた甲賀忍者の家系。ほとんど唯一幕府の法から自由な存在である東慶寺を守り、初代から伝わる平左十手(棒身の部分が刃となった十手)を振るってきた、影の守護者の末裔なのであります。
 その和三郎が扶けるのは、垢抜けない風貌と温かい人柄から「焼芋侍」の異名を取る東慶寺の寺役人・野村市助。その優しさと人の良さから、寺役人の任を越えて女人たちの身を案じる市助のため、和三郎は表に表れない裏の事情を探り、時に悪を仕置するのです。


 さて、短編「尼首二十万石」に始まり、『影十手活殺帖』、そして本作と続くこのシリーズでは、冒頭でまず別の場所・別の時に起きたある出来事を描き、そして舞台を鎌倉に移して、駆け込みにまつわる事情が語られていく中で、やがて冒頭の出来事との意外な繋がりが明らかになっていく――という、一種ミステリタッチの構成で物語が展開することとなります。

 そもそも東慶寺といえば、何となく駆け込めば即離縁が認められるという印象がありますが、実際にはそこに至るまでの事情を調べた上で、基本的は元の鞘に収まるように調停を行い、やむを得ない時に婚家や周囲に働きかけて初めて離縁状を出させる――というプロセス。
 その過程の中にある種の謎解きの要素を見出したのは、本作のユニークな点でしょう。

 歌舞伎の助六そのままの扮装で武家屋敷に忍び込む凶盗・助六小僧と、芝居狂いの夫に愛想を尽かした妻の駆け込みが意外な形で繋がる「助六小僧」
 生まれついてのお嬢様で、姑に小言を言われただけで東慶寺に駆け込んでしまうわがまま女房が何処かへ姿を消してしまった謎を描く「わがまま女房」
 不器量で大年増の料理茶屋の下女が、役者のような優男に見初められ、ついに結ばれた末に知った真実「長命水と桜餅」
 幕府御目付の妻が凶賊に拐かされた末に自害した悲劇と、東慶寺近くの離れ山での大量殺人、そして豪農に嫁入りした武家娘の駆け込みが思わぬ形で交錯する「雨の離れ山」

 いずれもこのスタイルで描かれた四編は、謎と人情と活劇がバランスよく盛り込まれたエピソード揃いであります。

 特に表題作の「おねだり女房」など、病身の妻どころか娘にも手を出す荒みきった浪人一家の地獄絵図から一転、これまで七度も東慶寺に駆け込んだ苦労知らずのタイトルロールの登場と、あまりにも両極端の世界が描かれて一体どうなることか――という物語が、きっちりと繋がっていくのに驚かされます。

 そしてボリューム的に本作のほぼ半分を占める「雨の離れ山」は、幕府御目付役夫妻を襲ったあまりに理不尽な惨劇に引き続き、その下手人の魔手が、今度は御庭番・村垣家の娘・紀乃――かつては故あって東慶寺で奉公し、それが縁で和三郎とは想い想われる仲のヒロイン――に迫るという、何とも気になる展開。
 これまでは、あくまでも駆け込んできた女性たちのために、ある種第三者的立場からその腕を振るってきた和三郎ですが――本作では紀乃が窮地に陥ることでいわば彼自身の事件になるのも面白く、さらにもう一つの駆け込みが重なることで、事態が一層ややこしくなるのも巧みといえるでしょう。
(また、そもそもの事件の発端が、この時代に起きた現実の事件というのも、作者ならではの目配りであります)

 しかしこのエピソードの真骨頂は、冒頭の惨劇の中で交わされたある言葉の中に込められたある想いといえます。
 冒頭から息もつかせぬ剣戟と悲劇に目を奪われる中で交わされた、あまりにも切なくも物悲しい男女の情のすれ違いが、結末に至り明らかになる構成はただ圧巻。物語の中に仕掛けられたもう一つの謎解きに唸らされた次第です。


 題材が題材だけに、時に生々しく、時にやりきれない物語が展開する本作。しかしそこに巧みに光をもたらす和三郎の飄々かつ颯爽とした宮本ヒーローぶりも気持ちよく、さっぱりとした後味の一冊であります。


『おねだり女房 影十手活殺帖』(宮本昌孝 講談社文庫) Amazon

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