伊藤勢『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』第2巻 動と静の対決 そして人が悪い晴明とお人好し博雅の関係性
我々のよく知る、そして見たこともない『陰陽師 瀧夜叉姫』、伊藤勢による漫画版の第2巻であります。京の夜を騒がす怪事件の数々にいよいよ関わっていく晴明と博雅。蘆屋道満も絡み、物語はどこへ向かうのか……
盗らずの盗人、妊婦ばかりの連続殺人、平貞盛の瘡の噂――都を騒がす様々な怪事。晴明の周囲でもなにやら不穏な動きが現れ始めたところに、博雅が今度は藤原秀郷のところに盗らずの盗人が現れたと告げるのでした。
秀郷といえば、20年前に勢多の大橋で出会った大蛇――実は琵琶湖の姫神の依頼で三上山の大百足退治に向かった過去が……
と、前巻ラストに引き続き、秀郷vs大百足が描かれるこの第2巻ですが、このくだりはもう完全に秀郷が主人公状態。蛇体となった姫神に乗り、大百足に真っ向から強弓を、そして豪剣を叩き込むそのアクションの凄まじさ、ド派手さは、まさにこの作者ならではであります。(特にとどめの一撃の描写たるや!)
――と思いきや、これが博雅の語りだったのにはズッコケましたが(というかこれは博雅がスゴい)、その後に語られる、現在の秀郷vs盗らずの盗人一党との激突もまた凄まじい内容です。
冷静に考えるとこの巻のバトルシーンは冒頭に固まっているのですが、それでも文句のつけようがない内容であります。
さて、そんな秀郷の活躍が語られた後、これまでは基本的に傍観者的役割だった晴明が、いよいよ動き出すことになります。
第1巻では保憲の言いつけで(嫌々)様子見にいって拒絶された平貞盛に改めて招かれ、治療を行うこととなった晴明。この晴明、そして彼の前に担当した道満による貞盛の瘡への対処が、この巻のある意味メインと言ってもよいでしょう。
この瘡のくだり、「今夜どのような夢をご覧になるかまではこの貞盛も責任を負いかねますがなあ」という作中の台詞のとおり、原作では実に夢枕獏らしい生理的に厭なシーンの連続だったのですが――本作においてもそれは同様。
眼の前で起きたら卒倒しかねないこの奇怪極まりない瘡との「対決」は、冒頭の秀郷の戦いが動とすればこちらは静。大きな動きはないものの、ある意味陰陽師ものとしての真骨頂というべき場面でしょう。
が――それと同じくらい、あるいはそれ以上にこちらの目を奪うのは、本作における晴明と博雅の関係性であります。
原作の方では、それはもう仲良しの二人ですが、本作における二人は――というか晴明の方は、「ゆこう」「ゆこう」などという親密さはカケラもない、慇懃無礼というほかない容赦のない態度で博雅に臨みます。
彼にとって博雅は、何かと自分の回りに寄ってくる酔狂なボンクラさん――おまけに身分は高いので完全に邪険にもできないという実に迷惑な相手。この巻でも、自分が貞盛のところに行くと博雅に告げたと知り、保憲相手に激怒する姿が描かれるあたり、よほどであります。
(そこでシリアス顔で「あのおかたのほんまの利用価値は…」と言ってしまう保憲も最高)
しかしそんな晴明を、博雅は平然と友垣扱いするのですが――この巻で語られるその理由が博雅らしいというか何というか、原作とはまた異なるベクトルでインパクト十分なのがたまりません。
それにしても本作の博雅は、原作のある意味カリカチュアというべきか、お人好しというより昼行灯というか、何ともすっとぼけたキャラクターなのですが――同時に彼のふとした言動に晴明が瞠目する場面があったりと、なかなか油断のできない人物であります。
考えてみれば前の巻でも、博雅はしれっと冒頭に挙げた三つの出来事に繋がりがあるのではと言ってみたりと、優れた直感を見せているのですが……
何はともあれ、本作の人が悪すぎる(というか原作ほど韜晦できていない)晴明と、お人好しすぎる博雅の関係性にこの先変化が生じるのか――これは大いに気になるところであります。
というわけで、物語展開は原作とほぼ同じながら、そのケレン味あふれる描写と、一ひねりも二ひねりもある人物設定で、原作既読者にも楽しい、いや原作既読者をより楽しませてくれる本作。
この巻で道満が語る「大河の流れの始まりの一滴が落ちる瞬間」――本書はまさにそんな一冊というべきでしょうか。その流れていく先がいよいよ楽しみになります。
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