京極夏彦『遠巷説百物語』(その二) どんどはれ 今語られるあの戦いの真実!?
11年ぶりに帰ってきた巷説百物語、『遠巷説百物語』の紹介の後編であります。祥五郎が追う事件は次第にスケールアップ、思わぬ形でシリーズファンの誰もが気になっていたあの件に繋がることに……
「鬼熊」
小正月に、乙蔵から遠野にある隠し女郎屋と、通常の三倍の巨体の熊が里をうろついているという噂を聞いた祥五郎。一方、医者の洪庵の元には、前の晩に雪女たちに出会ったという男が担ぎ込まれてくるのでした。
そしてその翌日、土淵で巨大な熊の死骸が見つかり、巨体に押し潰された屋敷から、熊に殺されたと思しき三人の男の遺体が……
前話に引き続き、よくない意味で豪快な今回。物語を構成する要素から真相は容易に想像できるのですが、それを強引にまとめてみせた仲蔵の技にはさすがに驚かされました。
しかしそうした点を圧倒するのは、事の真相の圧倒的な陰惨さでしょう。あまりにも無惨な外道の所業に、地方の閉鎖性が結びついて生まれたこの事件、妖怪による救いの必然性という点では屈指と感じます。
「恙虫」
遠野中が春の祭りの準備で盛り上がる中、疫病の発生を理由に戸締めとされた勘定方の組屋敷。かつて歯黒べったりに関わった大久保は、この疫病で亡くなった恩人の娘・志津から話を聞く中で、藩の対応に強い疑念を抱くことになります。
そしてそこに駆けつけた祥五郎は、彼らに迫る危機を伝えるのですが……
これまで遠野の市井に起きる事件を描いてきた本作ですが、ラスト一話前まできて一気にスケールアップ。これまでのサブレギュラー総登場で描く今回は、実にタイムリーなパンデミックもの――しかもクライマックスではこのジャンルでは定番の(?)あのサスペンスまでと盛り上がります。
詳細は書けませんが、この事件の背後にはある思惑が――という往年のサスペンスもの的な構図も面白いのですが、それをきっちりと時代ものとしてアレンジしているのも見事であります。(相変わらず仲蔵の仕掛けは直球なのですが……)
「出世螺」
主である南部義晋から、恙虫騒動の背景にあった不正が先の老中首座に繋がっていたことを聞かされる祥五郎。一方、山から宝螺が抜けて昇天するという噂が流れる中、山で金を掘っていた乙蔵は、ついに金塊を見つけたものの、八咫の鴉を名乗る男から怪しげな侍たちに気をつけろと警告を受けるのでした。
はたして乙蔵の小屋を訪れた祥五郎と志津を取り囲む謎の侍たち。しかしその時……
前話で描かれた事件の犠牲者のために、盛岡藩上層部の怪しげな動きの真相を暴くことを決意した祥五郎。御譚調掛としての彼の最後の奮闘が、今回描かれることになります。
そして祥五郎とともにレギュラーを務めてきた乙蔵も、職を転々としてきたその心中と、祥五郎との絆が描かれ、ドラマも最終回に相応しい盛り上がりを見せます。
しかし、やはり何といってもシリーズファンとして強烈に印象を残すのは、「八咫の鴉」の登場と、彼が語るあの戦いの真相――『続巷説百物語』の「老人火」でわずかに触れられ、こちらを大いにやきもきさせてきた「千代田のお城のでけェ鼠」退治のあらましを語ることでしょう。
そう、これまではシリーズ全体から見れば遠くの物語に思えた本作は、ここに来て一気に他の物語との?がりを示すのです。
もちろんここで語られるのはあくまでもあらましであり、結末(の一部)の振り返りなのですが――名前は変わったものの意外と中身は変わっていなさそうなあの人(さらに大技を身に着けていましたが……)の登場には、やはり胸が熱くなります。
もちろん、あくまでも本作は遠野を舞台とした独立した物語。上で述べたとおり、祥五郎の物語も、乙蔵の物語も大団円を迎え、本作は「どんどはれ」となります。
冒頭に語られる「譚」が、市井の「咄」をから祥五郎が見聞きした「噺」、そして仲蔵の語る「話」を経て成立していくという凝った構成が、時に物語の流れを窮屈にした印象もないわけではありません。
しかし11年ぶりの復活篇として、そして『了』へと繋がる物語として、存分に楽しめる、そして重要な作品であったことは間違いありません。
しかし千代田のお城のでけェ鼠の正体、自分なりに推理していたのが完璧に外れていたのが恥ずかしい……
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