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2021.08.13

京極夏彦『遠巷説百物語』(その一) 11年ぶりの復活! 遠野で語られる新たな巷説

 ついにシリーズ最終章の『了巷説百物語』も連載が始まった巷説百物語シリーズ、実に11年ぶりの復活であります。本作の舞台となるのは遠野――あの数々の昔話を伝える遠野を舞台に、新たな仕掛けの物語が描かれることになります。今回もまた、一話ずつ紹介していくとしましょう。

「歯黒べったり」
 筆頭家老にして遠野南部家当主・南部義晋の命により、巷に流れる話を聞き・調べ・見届ける御譚調掛を務める宇夫方祥五郎。いつものように幼馴染の乙蔵から話を聞いていた祥五郎は、餅屋の山田屋から座敷童衆が出ていったこと、夜な夜な愛宕山に鉄漿をつけた口のみで目鼻のない花嫁衣装の女が出没していることを知ることになります。
 山田屋を訪れた祥五郎は、そこで鉄漿女の正体が店の女房だと聞かされ、鉄漿女を退治せんとする役人・大久保を訪ねるのですが……

 本編に繋がる昔話が語られる「譚」、祥五郎が乙蔵から噂を聞かされる「咄」、その関係者と祥五郎が怪事を追う「噺」、一連の種明かしが語られる「話」の四部構成で描かれる本作の基本スタイルが示される第一話。
 お人好しで真面目な若侍・祥五郎と、職を転々とする噂好きの男・乙蔵、そして本作における仕掛けの親玉である長耳の仲蔵という、物語のレギュラーたちもここで紹介されることになります。

 それだけ盛り込まれると、一歩間違えれば慌ただしい内容になりかねませんが、座敷童衆と歯黒べったりという二つの怪異を結びつけ、仲蔵、そして彼を助ける亡者踊りの柳次の巧みな仕掛けに繋がっていく様は、久々ながら見事に「巷説百物語」していると、嬉しくなります(ある意味、仕掛けとしては一番凝っているかもしれません)。

 『前巷説百物語』以来久々に登場の仲蔵も、相変わらずのなんでも屋ぶりに加え、異相と人情味のギャップがなかなか魅力的。ちらりと語られるあの人物の名も胸踊るシリーズ再開篇であります。


「磯撫」
 藩から米の取扱いを一手に任された半兵衛なる商人が、これまでの税に上乗せして手間賃を取るようになったため大混乱が生じ、押し寄せ(一揆)が起きかねない状況だと、乙蔵から聞かされた祥五郎。
 その陰に不正の影を感じ取り、町奉行の是川とともに逃げた半兵衛らを追う祥五郎ですが、その前に巷で噂となっていた、川を遡る巨大な怪魚が現れ……

 「遠野物語」の影響もあり、鄙びた農村という印象の強い遠野。しかし本作で描かれる江戸時代末期の遠野は、国境ということもあって奥州でも交易の要所――様々な人々が集う(そして様々な話が語られる)地として、賑やかな姿が描かれることになります。
 このエピソードは、まさにそんな交易の要所ならではの、米の取引に関わる騒動なのですが――そこに磯撫という海の怪異が如何に関わるのかと思えば、その豪快な暴れっぷりとそれがもたらす結末、そしてさらに裏にある意外な事情に驚かされます。

 しかし何といっても印象に残るのは、事件の発端となった手間賃の上乗せでしょう。庶民の負担を増やして悪評紛紛、大混乱を引き起こしたこの事件は、発表タイミング的に現代のあの出来事がモチーフだと思われますが――本シリーズには少々珍しく感じる趣向であります。


「波山」
 行方不明となった娘が無残な焼死体として発見される事件が続発。祥五郎は乙蔵から、最初の犠牲者が出た油屋の鳳凰屋の出身である、伊予の火を吹く鳥・波山が犯人だと聞かされることになります。
 一連の事件が鳳凰屋の周辺で起こっていることに気付いた祥五郎は、友人で町方同心の
高柳と共に調査を始めるのですが……

 行方不明となった娘が、上半身が焼けただれた焼死体と化し、しかも家に死体が戻されるという、無残極まりない事件が描かれる本エピソード。正直なところ、真相自体はシリーズでもお馴染みの構図ですが、むしろこれを解決するための仲蔵の豪快な仕掛けが、良い意味ではなく印象に残ります。

 仕掛け自体がかなり直球なのもさることながら――この辺りは心理トリックを得意とするこれまでのシリーズと対照的に、仲蔵が物理トリック主体ということもありますが――さすがにこの素材がたまたまあったというのは都合よすぎるのではないか、と感じます。


 後半三話は次回紹介いたします。


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